人生100年時代の罠?「全世代型社会保障」の現実に迫る!持続可能な未来への課題と矛盾

2019年11月02日、日本は「人生100年時代」を見据えた大きな転換点を迎えようとしています。政府が旗振り役を務める「全世代型社会保障検討会議」がついに始動しました。この会議の大きな目的は、これまで高齢層に手厚かった社会保障のバランスを整え、現役世代も含めた全世代が安心できる仕組みへと作り変えることにあります。

しかし、その中身を詳しく紐解いてみると、期待とは裏腹に厳しい現実が浮き彫りになってきました。SNS上では「本当に若者のためになるのか」「結局、痛みから逃げているだけではないか」といった、将来への不安や鋭い指摘が相次いでいます。今の政権からは、消費税の再増税に頼らずに社会保障を立て直すという、強い決意や覚悟を読み取ることは極めて困難でしょう。

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「痛みなき改革」が招く将来世代へのツケ

かつての福田内閣が掲げた「年金目的消費税」のような野心的な議論に比べると、現在の検討課題は厚生労働省の審議会レベルに留まっていると言わざるを得ません。子育て世代への支援を強化すると謳いつつ、そのための財源を確保するために高齢者向けの給付を削減するような踏み込んだ議論は避けられています。いわば、誰も傷つかない「安全な議論」に終始しているのです。

本来であれば、膨大な国の借金を減らすために使われるべき消費増税の恩恵が、今回の施策に充てられてしまいました。これでは将来世代の負担を抑制するどころか、結果として負担の先送りを許すことになりかねません。持続可能なシステムを作るためには、一時的なバラマキではなく、構造そのものにメスを入れる勇気が必要なのではないでしょうか。

保育・介護制度に潜む市場メカニズムの欠如

ここで一つ、専門的な視点から「市場メカニズム」という言葉を解説しましょう。これは、自由な競争を通じてサービスの質が上がり、供給が安定する仕組みのことです。介護業界では企業の参入が比較的自由なため「待機老人」という言葉はあまり聞きません。しかし、保育の世界では「お上から許可をもらう」という古い福祉の考え方が根強く残っています。

働く女性が増加する現代において、保育士や施設の不足は深刻な問題です。それにもかかわらず、中高所得層に恩恵が偏りやすい「保育無償化」を優先したことで、かえって入所希望者が殺到し、待機児童問題を悪化させる懸念が高まっています。供給側を強化する抜本的な規制緩和こそが、今求められている真の改革であると私は確信しています。

70歳就業促進がもたらす新たな格差の火種

高齢者が支え手として長く活躍することは理想的ですが、政府が企業に対して70歳までの就業機会確保を求める動きには、強い疑問を感じます。年齢を重ねるほど個人の能力や健康状態には大きな差が生じるものです。それらを無視して一律に雇用継続を迫る手法は、あまりに強引で統制主義的な印象を拭い去ることができません。

このような一律のルールが適用されれば、体力のある大企業の正社員と、余裕のない中小企業や非正規雇用の方々との間で、経済的・環境的な格差がさらに広がってしまうでしょう。また、諸外国で行われている「年金支給開始年齢の引き上げ」という本質的な議論を避け、受給時期を遅らせる選択肢を増やすだけの対策では、財政の健全化には繋がらないのです。

このまま表面的な対策に終始すれば、後世の歴史家たちは、安倍長期政権を「貴重な改革の時間を浪費した時代」と断じるかもしれません。私たちは今、目先の利益に惑わされることなく、真に持続可能な社会保障とは何かを問い直すべき時に立たされています。2019年11月02日のこの警鐘が、空論に終わらないことを願って止みません。

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