2019年11月24日、日曜日の穏やかな午後のことでした。作家の沢木耕太郎さんは、渋谷のバスターミナルから田園調布駅へと向かうバスに乗り込みました。一番奥の特等席に腰を下ろし、お気に入りの本に没頭していた彼がふと顔を上げたとき、そこには予想だにしない光景が広がっていたのです。
三宿や三軒茶屋を過ぎたあたりで気づけば、乗客の三分の二が外国人になっていました。目の前の中国人カップル、欧米系のペア、そして総勢8名のフィリピン人グループ。日本人は沢木さんを含め、わずか6名ほどしか残っていませんでした。観光地ではない、ごく普通の路線バスで起きたこの逆転現象は、私たちの日常が劇的に変化していることを物語っています。
SNSではこのエピソードに対し、「自分も同じような経験をしたことがある」「もはや日本人のほうが少数派のエリアも珍しくない」といった驚きの声が相次いでいます。有名な観光地だけでなく、何気ない移動手段の中にまでグローバル化の波が押し寄せている事実に、多くの人々が共感を寄せているようです。
観光地から生活圏へ、広がる異邦人の足跡
沢木さんはこれまで、青森の奥入瀬や岐阜の郡上八幡など、日本の地方都市にも外国人観光客が急増している様子を目にしてきました。しかし、今回の衝撃はそれらとは性質が異なります。自由が丘や田園調布へ行くなら電車の方が圧倒的に早いはずなのに、彼らはあえてバスを選びました。
この事実は、彼らが単なる「観光客」ではなく、その土地に根付いて暮らす「生活者」であることを示唆しています。以前は「非日常」の風景だった多文化な光景が、今や私たちの「日常」へと溶け込み始めているのでしょう。目的地で降りていく彼らの背中には、日本社会を共に支える隣人としての姿が重なります。
パリのメトロに漂う緊張と日本の未来
ここで沢木さんは、フランス・パリでの経験を引き合いに出し、ある重要な懸念を表明されています。パリの地下鉄(メトロ)では、中心部を離れても多様なルーツを持つ人々で溢れていますが、そこには日本の深夜電車で見られるような、無防備に居眠りをする「弛緩した空気」は存在しません。
そこにあるのは、互いに対する警戒心が生む微かな「緊張感」です。2018年に議論が不十分なまま閣議決定された出入国管理法改正、いわゆる「移民法」の施行は、この緊張を日本にもたらすかもしれません。未知なるものへの恐怖が、いつか過剰な拒絶や暴力的な行動へと繋がってしまうのではないかと、彼は深く危惧しているのです。
「専門用語の解説」:ここで触れられている「出入国管理法改正案」とは、深刻な人手不足に対応するため、一定の専門性を持つ外国人に新たな在留資格を認め、就労の門戸を広げる制度です。事実上の移民受け入れ拡大と捉える向きも多く、社会のあり方を大きく変える可能性を秘めています。
加速する多文化社会で私たちが向き合うべきもの
私個人の意見としては、沢木さんが感じた「茫然」とする思いは、現代を生きる私たちが避けては通れない通過儀礼のように感じます。異なる文化を持つ人々が同じ空間を共有する際、どうしても多少の摩擦や緊張は生じるものです。しかし、それを「異和」として排除するのではなく、どう共存の知恵に変えるかが問われています。
2019年というこの転換点において、私たちはすでに後戻りできない場所に立っているのかもしれません。走り去るバスの中に、日本人ひとりいない光景を運転手が当然のものとして受け入れる日は、もうすぐそこまで来ています。その変化をただ恐れるのではなく、新しい日本の姿として、冷静に見つめ直す勇気が必要なのではないでしょうか。
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