精密機器大手のセイコーエプソンが、働き方改革の歩みを一段と加速させています。2017年度から開始された3カ年計画は最終コーナーを迎え、2019年10月1日からは、夜20時以降の残業を完全報告制にするという踏み込んだ施策を導入しました。この徹底した姿勢に対し、SNSなどのネット上では「大手企業の本気度がすごい」「地方企業のモデルケースになるのでは」といった、驚きと期待が入り混じった声が数多く寄せられています。
かつては決算期などの繁忙期に、夜22時を過ぎるまで働く姿が日常的だった長野県諏訪市の本社でも、風景は一変したようです。経理部の現場では、今や20時には帰路に就くことが当たり前の光景となりました。特に子育て世代の女性社員が多い部署では、この変化は生活の質を支える生命線となっています。単に時間を削るのではなく、業務プロセスを根本から見直すという「攻めの姿勢」が、社員の実感として着実に浸透しているのでしょう。
トップの決断と「WILL BE活動」がもたらした意識変革
この改革の背景には、2017年度に始動した「WILL BE活動」という全社プロジェクトが存在します。活動の号砲を鳴らしたのは、碓井稔社長が発した「生活を犠牲にしてまでの貢献は望まない」という異例のメッセージでした。トップがここまで明確に「脱・自己犠牲」を打ち出したことは、日本の企業文化において極めて意義深いことです。この宣言こそが、現場の社員が罪悪感なく効率化に突き進むための強力な後ろ盾となったに違いありません。
具体的な数値目標も野心的です。2016年度には2001時間だった年間総実労働時間を、2019年度には1900時間まで削減する計画を立てています。現在、人事部門が四半期ごとに進捗を確認していますが、全社平均で見ればこの高いハードルをほぼクリアしているといいます。目標を「お題目」で終わらせず、経営陣が常にモニタリングし続ける厳格な管理体制が、セイコーエプソンの強みといえるでしょう。
RPAと「静寂の時間」が支える驚異の生産性向上
残業削減の大きな武器となっているのが、IT技術の活用です。経理部門を中心に導入されたRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)は、人間が行っていた定型的な事務作業をコンピューターが代行する仕組みで、大幅な工数削減に貢献しています。また、11時30分から13時30分の間は会議や電話を控えるといったユニークなルールも運用されており、集中して業務に取り組む環境が整えられています。
2019年10月から始まった20時以降の報告制では、残業の「理由」まで可視化されます。これにより、単なる個人の怠慢ではなく「人手不足」や「非効率なフロー」といった構造的な課題を浮き彫りにすることが期待されています。私は、この「現場の痛みをデータ化する」仕組みこそ、日本の働き方改革に最も必要な要素だと考えます。有給休暇の年15日取得もほぼ達成見込みとのことで、同社の取り組みは一つの完成形に近づいています。
2020年4月からは中小企業にも残業規制が適用されます。資源に限りのある企業がすべてを模倣するのは難しいかもしれませんが、エプソンが示した「業務の棚卸し」と「トップの不退転の決意」は、規模を問わず不可欠な要素です。時間を削ることを目的にするのではなく、社員の人生を豊かにした結果として生産性が上がる。そんな好循環を創出する同社の次なる一歩である「生産性向上への焦点」に、今後も目が離せません。
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