アジアで躍進を続ける日系企業の現場から、少し気になるニュースが届きました。日経リサーチが2019年11月22日に発表した「サラリーレポート」によると、アジアに展開する日系企業の現地スタッフにおける2019年の平均昇給率は5.35%となり、前年からわずかに減少したことが判明しました。これは、これまで右肩上がりを続けてきたアジア経済に、わずかなブレーキがかかり始めたことを示唆しているのかもしれません。
今回の調査は、アラブ首長国連邦を含む主要14カ国・地域を対象に、2019年7月から10月にかけて実施されたものです。1907社もの企業が回答したこのデータからは、世界経済を揺るがしている「米中貿易摩擦」の影響が色濃く反映されていることが分かります。SNS上でも「これまでの景気の良さが転換点を迎えたのではないか」という不安の声や、「現地での採用戦略を見直す時期だ」といったシビアな意見が目立っています。
中国とタイを襲う不透明感の正体
特に注目すべきは中国の動向です。2019年の昇給率は6.28%と、前年から0.67ポイントも低下しました。中国の2019年7月から9月期の「実質GDP(国内総生産)」の伸び率は、統計が残る1992年以降で最も低い水準を記録しています。実質GDPとは、一国内で生み出された付加価値の合計から物価変動の影響を除いたもので、経済の真の実力を示す指標ですが、この数字の落ち込みが日系企業の賃上げ心理を冷え込ませているのでしょう。
また、約6000社の日系企業が集積する「東南アジアのデトロイト」ことタイでも、2019年の昇給率は4.26%に留まりました。タイは自動車や電機などの「輸出型産業」が経済を牽引していますが、米中対立の煽りを受けて中国向けの輸出が減少したことが大きな痛手となっています。一度決めた給与水準を下げるのは難しいため、経営側が慎重な姿勢を崩さないのは、持続可能な経営を目指す上での苦渋の決断といえます。
ベトナムの躍進と「チャイナ・プラス・ワン」の加速
一方で、暗いニュースばかりではありません。ベトナムの昇給率は8.65%と、前年から0.87ポイントも上昇し、圧倒的な活気を見せています。これは、中国での生産リスクを回避するために拠点を分散させる「チャイナ・プラス・ワン」の動きが加速し、工場や拠点の移管が進んでいるためです。ベトナムの堅調な経済成長は目覚ましく、人手を確保するために賃金を引き上げざるを得ないほど、人材獲得競争が激化している様子が目に浮かびます。
ただし、カンボジアやミャンマーといった、より労働集約的な産業(人の手による作業が多い業種)が盛んな地域でも、2020年には昇給ペースが落ち着くという予測が出ています。私個人としては、今回の昇給率鈍化は決してネガティブな側面だけではないと考えています。急激な人件費の高騰を抑え、安定した成長へとシフトする「成熟期」の入り口に立っているのではないでしょうか。企業の皆様には、今こそ数字に一喜一憂せず、長期的な視点での投資を期待したいところです。
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