東京から新幹線に揺られてわずか1時間、再開発の熱気に包まれる高崎駅の喧騒を抜けると、そこには穏やかな自然が広がっています。この高崎市南部の静かな里山に、世界が認めた至宝が眠っていることをご存知でしょうか。2017年にユネスコの「世界の記憶」へ登録された「上野三碑(こうずけさんぴ)」は、いまや国内外の歴史ファンから熱い視線を浴びる注目のスポットとなっているのです。
そもそも「世界の記憶」とは、歴史的に極めて重要な記録物や文書を保護することを目的とした、ユネスコの国際的な事業を指します。上野三碑は「多胡(たご)碑」「山上(やまのうえ)碑」「金井沢(かないざわ)碑」という3つの古い石碑の総称です。日本国内において、平安時代より前に造られた石碑はわずか18例しか現存していませんが、そのうちの3つがこの狭いエリアに集中している事実は、まさに奇跡と言えるでしょう。
古代東アジアの息吹を伝える三つの至宝
2019年11月29日現在、最も多くの見学者が訪れるのが、711年3月9日に建立された「多胡碑」です。高さ129センチメートルの堂々たる佇まいで、そこには新しい行政区画である「多胡郡」が誕生した経緯が80文字で刻まれています。SNSでは「古代の文字なのにどこかモダンで美しい」「フォントのルーツを感じる」といった声も上がっており、その書体自体の芸術性も高く評価されているようです。
さらに、681年に建てられた「山上碑」は、全体の形が完全に残っているものとしては国内最古級の価値を誇ります。これはある僧侶が亡き母を想い、その供養のために建立したもので、家族の深い愛情が時を超えて伝わってきます。また、726年に造られた「金井沢碑」には、地元の有力豪族が一族の繁栄を祈った内容が記されており、実は「群馬」という地名が公に記された最古の資料としても知られています。
古代石碑研究の権威である平川南氏は、これらの魅力を「東アジアにおける文化交流の結晶」と説いています。石に文字を刻むという文化そのものが、朝鮮半島や中国大陸を経由して日本へもたらされました。当時の群馬には、海を越えてやってきた人々や最新の政治システム、そして仏教の教えが確かに根付いていたのです。1300年前の日本が、いかに国際色豊かであったかを物語る生きた証拠と言えるでしょう。
里山の風景に溶け込む、飾らない歴史の舞台
現地を訪れて驚かされるのは、世界的な遺産でありながら、過度な商業施設や巨大な箱モノが一切存在しないことです。多胡碑の周辺は1996年に「多胡碑記念館」が整備されましたが、三碑そのものは地域の風景の中に静かに息づいています。高崎市の富岡賢治市長も「ありのままの静かな里の姿で観光客を迎えたい」と語っており、その謙虚な姿勢が訪れる人々に深い感銘を与えています。
2019年1月時点の統計によれば、群馬県は人口に占める外国人の割合が全国第3位。そんな多文化共生の土壌は、実は1300年前からこの地で育まれてきたものなのかもしれません。現在、2020年3月31日まで多胡碑記念館は入館無料となっており、上信電鉄吉井駅から無料の巡回バスも運行されています。日常を離れ、悠久の歴史に思いを馳せる「大人の遠足」に出かけてみてはいかがでしょうか。
編集者の視点から言えば、現代のSNS映えする派手さこそありませんが、上野三碑の持つ「本物の重み」は、情報の消費が早い現代においてむしろ貴重な癒やしとなります。利便性を追い求めるだけでなく、あえて「何もない贅沢」を楽しみながら、古代の人々が見上げたであろう同じ空の下で歴史のロマンに浸る。そんな知的な旅のスタイルが、今まさに求められていると感じてやみません。
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