1989年11月9日、世界を驚愕させた「ベルリンの壁崩壊」から2019年でちょうど30年の節目を迎えました。かつて東西を隔て、冷戦の象徴として君臨したあのコンクリートの塊が崩れ去った瞬間、私たちは「自由で民主的な世界」の完全勝利を確信したはずです。しかし現在、人々の期待とは裏腹に、世界各地で再び深刻な分断の火種が燃え広がっています。
そもそも「ベルリンの壁」とは、1961年に当時の東ドイツ政府が、自国民の西側への亡命を防ぐために築いた境界線です。第二次世界大戦後、世界はアメリカを中心とする「資本主義」と、ソ連(現在のロシアなど)を中心とする「社会主義」の二大陣営に分かれ、直接的な武力行使はないものの激しく対立する「冷戦」の状態にありました。
スパイ小説の舞台から歴史的転換点へ
壁が建設された当時、その異様な光景は人々に無力感を与えました。作家のジョン・ル・カレは、自身の情報部員としての経験を活かし、名作『寒い国から帰ってきたスパイ』の中で、この冷酷な壁の犠牲になる人々の悲劇を描いています。当時の世界にとって壁は、単なる建造物ではなく、相容れないイデオロギーが衝突する「狂った劇場」そのものだったのでしょう。
転機は1980年代後半に訪れます。ソ連のゴルバチョフ書記長が進めた「ペレストロイカ(政治・経済の刷新を目的とした改革)」により、硬直していた社会主義体制に自由化の風が吹き込みました。これを機に、東欧諸国では民主化を求めるデモが噴出し、ついに1989年11月9日、市民の手によって物理的にも精神的にも壁は打ち破られたのです。
「分断」は形を変えて現代に蘇るのか
冷戦終結後、市場経済が世界を覆い、デジタル革命が経済成長を加速させました。しかし、2019年現在の情勢を見渡すと、かつての熱狂は影を潜めています。経済格差の拡大や、2008年に起きたリーマン・ショック(米国の住宅ローン問題を端に発した世界的な金融危機)は、自由な市場経済が持つ脆さを露呈させる結果となりました。
SNS上では「壁はなくなったのに、心の壁は高くなっている」といった嘆きの声が散見されます。アメリカが自国第一主義を掲げてメキシコ国境に物理的な壁を建設しようとし、欧州では移民排斥を訴える勢力が台頭している現状は、皮肉にも30年前の「開放」の流れに逆行しています。自由を守ることは、手に入れること以上に難しいのかもしれません。
かつて、東ドイツの混乱を目の当たりにした識者は、人々の不満が「排他的な民族主義」に繋がることを危惧しました。その予言は今、現実のものとなりつつあります。自由と民主主義が逆風にさらされる2019年12月2日現在、私たち日本が国際社会で果たすべき役割は、対立を和らげる「対話の架け橋」になることではないでしょうか。
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