2012年6月10日、大阪・ミナミの繁華街を震撼させた凄惨な無差別殺傷事件。通行人2名の命が理不尽に奪われたこの事件に対し、2019年12月2日、最高裁判所第1小法廷は検察・被告双方の上告を退ける判断を下しました。これにより、一審の裁判員裁判で言い渡された「死刑」を破棄し、二審の「無期懲役」を支持した判決が確定する見通しです。
本件の争点となったのは、覚醒剤の後遺症による「心神喪失」や「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」の有無でした。これらは精神の障害により、自分の行動を制御する能力が著しく低下している状態を指す法律用語です。一審では完全な責任能力が認められましたが、二審では犯行時の精神状態が不安定であった点が考慮される形となりました。
司法制度の在り方を問う「死刑破棄」の連続
今回の最高裁の決定は、単なる一事件の終結に留まらない重い意味を持っています。実は、裁判員裁判で市民が下した死刑判決が二審で覆されたケースは、本件を含めてこれまでに5件存在します。そして今回の判断により、その5件すべてにおいて二審の「無期懲役」が確定することになりました。SNS上では「市民感覚が軽視されているのではないか」といった疑問の声が噴出しています。
一方で、過去の判例との整合性、いわゆる「量刑相場」を重視する司法の立場も理解できます。しかし、一般市民が悩み抜き、勇気を持って出した結論がことごとく否定されてしまう現状には、私も一編集者として強い違和感を抱かざるを得ません。法律の専門家による安定した運用も不可欠ですが、市民の処罰感情をどこまで反映させるべきか、議論の余地は大きいでしょう。
被告人である礒飛京三被告(44歳)は、今後その生涯を刑務所の中で過ごすことになります。2019年12月というこの節目に、私たちは改めて「命の重さ」と「裁判員制度の意義」について考え直すべきではないでしょうか。遺族の癒えない悲しみと、司法が下した結論の隔たり。この溝が埋まる日が来ることを、切に願ってやみません。
コメント