演出家として第一線で活躍し続ける宮本亜門さんが、自身の人生を大きく揺るがした出来事を振り返っています。2019年04月、彼は前立腺がんを公表し、世間を驚かせたことは記憶に新しいでしょう。大きな病を公表すると、周囲は気を遣ってかえって沈黙してしまうものですが、その「静寂の渦中」へ真っ先に飛び込んできた人物がいたのです。
その主役こそ、世界的建築家として名高い安藤忠雄さんでした。がん発覚直後の記者会見を終えた宮本さんの元に、安藤さんから「大丈夫か、生きているか?」と、驚くほど元気な声で電話が入ったといいます。周囲が言葉を選んで遠巻きにする中、躊躇なく直接声を届けるその姿勢は、まさに「空気を読まない」という言葉がポジティブな意味で相応しいものでした。
内臓摘出を乗り越えた「闘う建築家」からの命のバトン
安藤さん自身、過去にがんと向き合い、膵臓や脾臓といった複数の内臓を摘出するという壮絶な経験をされています。自らの肉体を削ってなお、エネルギッシュに活動を続ける先達からの「僕はたくさん内臓を取っても生きている、君も生きなきゃだめだ」という力強いエール。その重みのある言葉は、不安に苛まれていた宮本さんの心を深く救いました。
お二人の出会いは2017年に国立新美術館で開催された安藤さんの展覧会がきっかけです。共通の友人である照明デザイナーの藤本晴美さんが「規格外の二人は絶対に気が合う」と予言し、引き合わせたのが始まりでした。初対面の食事の席で、安藤さんが平然と自分のお腹に注射を打つ姿を目にした宮本さんは、その飾らない強さに衝撃を受けたといいます。
この安藤さんの「病を隠さず、日常として受け入れる姿」こそが、宮本さんが自身の病をオープンにし、笑い飛ばして生きていこうと決意する大きな原動力となりました。繊細な美を追求する安藤建築の裏側にある、情熱的で豪快な人間性。SNS上でも「安藤さんの生命力が凄まじい」「こんな友人がいたらどれほど心強いか」と、深い感動が広がっています。
デジタル化が進み、SNSでのやり取りが主流となった2019年12月04日現在において、思い立ったらすぐに直接電話をかけるという安藤さんの流儀は、希少なものかもしれません。しかし、相手の状況を計算しすぎない真っ直ぐな想いは、時に計算ずくの優しさよりも温かく、忘れかけていた幸福を私たちに思い出させてくれるのではないでしょうか。
私は、このお二人の関係性に「真の共感」の形を見ました。病という繊細な問題に対し、過剰に腫れ物に触るような対応をするのではなく、対等な人間として、そして同じ苦難を経験した同志として向き合う。安藤さんの「空気を読まない」行動は、相手を信じ切っているからこそできる、最高にクリエイティブな人間讃歌であると感じます。
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