私たちが当たり前のように口にする「中流意識」という言葉ですが、この感覚が日本社会に深く根付いたのは1970年代以降のことです。それ以前の日本、特に第二次世界大戦前の社会は、現在とは比較にならないほど所得格差が激しい、不平等な構造でした。終戦を迎えた後、農地改革や財閥解体といった大規模な経済改革が断行されたことで、格差の土台となっていた古い社会構造は劇的に修正されることとなります。
不平等が改善された一方で、人々の暮らしは決して楽なものではありませんでした。1950年代から高度経済成長が始まったとされていますが、当時の生活水準は依然として低く、敗戦の傷跡は色濃く残っていました。1956年5月24日に発表された厚生白書では、都市部の生活が戦前の水準にすら達していないと指摘されています。豊かさへの道のりは、想像以上に険しいスタートだったことが伺えます。
「下」と答えた半数以上の人々
当時の人々の意識を象徴するのが、1955年に実施された「社会階層と社会移動」に関する全国調査の結果です。「社会を5つの層に分けた場合、自分はどこに属するか」という問いに対し、なんと57%もの人々が「下の上」あるいは「下の下」と回答していました。現在では信じがたい数字ですが、1959年の国会でも「中産階級の育成」が大きな政治課題として議論されていたほど、当時の日本は「総中流」とは程遠い状態だったのです。
SNS上でも「昔の日本はみんな貧しかったけれど、そこから這い上がる活気があった」といった声や、「三種の神器がステータスだった時代の熱気を感じる」という反響が見られます。現代の格差社会を憂う声が多い中で、かつての日本がいかにして「みんなが普通に暮らせる社会」を志向していたのかを振り返ることは、私たちが目指すべき未来のヒントになるのではないでしょうか。
生活を底上げした「三種の神器」の魔法
日本人の意識が劇的に変化したのは、1960年代に入ってからのことです。世論調査において自分の生活程度を「中」と答える割合が80%を超え、その数字は右肩上がりに上昇していきました。特筆すべきは、比較的収入の低い層であっても自分を「中流」だと認識し始めた点です。これには、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫という「三種の神器」に代表される耐久消費財の普及が、決定的な役割を果たしました。
耐久消費財とは、一度購入すれば長期間使用できる家電製品などのことを指します。これらが家庭に行き渡ることで、収入の多寡にかかわらず「誰もが同じような便利な暮らし」を享受できるようになったのです。私は、この「生活の標準化」こそが、日本人の幸福感を支える大きな要因になったと考えています。物質的な豊かさが心の余裕を生み、格差への不満を希望へと変えていった時代だったと言えるでしょう。
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