印刷工場の片隅でひっそりと捨てられるはずだった「ヤレ紙」が、今、世界を魅了する美しいテキスタイルへと姿を変えました。グラフィックデザイナーの永島りかこ氏が手掛けたカーテン「Scrap_CMYK(スクラップ_シー・エム・ワイ・ケー)」が、スウェーデンの名門テキスタイルメーカーであるキナサン社より、2019年秋に日本での発売を開始しています。
「ヤレ紙」とは、印刷の工程で色の調整や機械の試運転によって生じる「損紙」、つまり廃棄される紙のことです。本来は失敗作として扱われるものですが、そこには計算では生み出せない美しさが宿っています。SNS上でも「偶然が作った色彩がこれほど鮮やかだとは」「ゴミという概念を覆す試み」と、その独創的な視点に多くの驚きの声が寄せられています。
インクの汚れを価値に変える「CMYK」の魔法
このカーテンには、印刷の基本色であるシアン(青)、マゼンタ(赤紫)、イエロー(黄)、ブラック(墨)が織りなす、力強くも繊細な表情が映し出されています。筆で掃いたような黄色や、じわりと滲む墨色、深みのある青。これらは印刷機から偶然生まれたインクの汚れやエラーを、デザインとして昇華させたものです。
驚くべきは、そのこだわり抜かれた質感でしょう。素材にはペットボトルをリサイクルした生地を採用し、表面に細かいシワを寄せる「クレープ織」を施しています。これにより、布でありながらまるで本物の紙のようなザラリとした手触りを実現しました。視覚だけでなく触覚でも「ヤレ紙」のリアリティを感じられる仕上がりは、まさに圧巻の一言に尽きます。
私は、この作品にはデザインの「光と影」が同居していると感じます。永島氏は、デザインが価値を生む一方で、同時に多くの廃棄物を生み出しているという事実に自覚的であろうとしています。このカーテンを窓辺に吊るすことは、単なる模様替えではなく、私たちの消費社会が切り捨ててきた「行き先のないもの」へ目を向ける、静かな決意表明のようにも思えます。
未来を拓く、そぎ落とされた「1本の線」
永島りかこ氏は、2019年11月13日現在、環境や福祉に貢献するデザインを追求し続けています。武蔵野美術大学を2003年に卒業後、大手広告代理店を経て独立した彼女は、消費されるだけのデザインに限界を感じたといいます。物事の本質を突き詰め、余計なものを削ぎ落として「1本の線」に集約し、そこから再び豊かな意味を膨らませる手法が彼女の真骨頂です。
彼女の挑戦は止まりません。2020年に開催されるベネチア・ビエンナーレ国際建築展では、日本館の展示にデザイナーとして参加する予定です。一軒家を解体し、現地で再構成するという壮大なプロジェクトを通して、社会の変遷や産業の在り方を問い直そうとしています。こうした一貫した姿勢が、多くの人の心に深く刺さるのではないでしょうか。
単なる美しいプロダクトの提供に留まらず、社会的なメッセージを鮮烈に発信する彼女の活動は、これからのクリエイティブの指標となるでしょう。今回発表された「Scrap_CMYK」は、私たちが日常で見過ごしている「無駄」の中に、どれほど豊かな美しさが眠っているかを教えてくれているようです。
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