いま、私たちの食卓やライフスタイルに、静かでありながら力強い変化が訪れています。味噌を手作りする若い世代が急増し、都内のワークショップは連日賑わいを見せるなど、「発酵」はもはや単なるブームを超えた大きな潮流となりました。健康志向の高まりと共に、目に見えない「菌」の力に魅了される人々が後を絶ちません。
SNS上では「#手前味噌」や「#菌活」といったハッシュタグが溢れ、自分たちの手で食を醸す楽しさを共有する輪が広がっています。単なる保存食としての枠を超え、クリエイティブな趣味として発酵を捉え直す動きが、現代人の心に深く刺さっているのでしょう。こうした熱狂の背景には、一体どのような物語が隠されているのでしょうか。
そんな折、発酵をテーマにした待望のドキュメンタリー映画『いただきます ここは、発酵の楽園』が、2020年01月に公開されることが決定しました。本作は単なる料理映画に留まらず、発酵を軸にした農業や教育の現場に深く切り込んだ意欲作です。スクリーンの中では、菌と共に生きる人々の輝かしい笑顔が次々と映し出されていきます。
土から変わる、菌ちゃんが導く究極の有機農法
映画に登場する長崎県の「菌ちゃんふぁーむ」では、驚くべき光景が広がっています。通常は捨ててしまう野菜の端材を肥料に変え、土壌そのものを「発酵」させることで、農薬に頼らない力強い野菜を育てているのです。微生物が活発に活動する土は、驚くほど柔らかく膨らんでおり、そこには自然の生命力が凝縮されています。
農薬を使わなくとも虫が寄ってこないというこの手法こそ、本当の意味での有機農法と言えるでしょう。こうした発酵の力に触れられる保育園も各地に誕生しており、子供たちが土にまみれて菌の働きを学ぶ光景は、次世代の教育に一石を投じています。オオタヴィン監督も、菌に対する社会の眼差しが劇的に変化していると確信しています。
ここで言う「発酵」とは、微生物が有機物を分解し、人間にとって有益な物質に変化させるプロセスを指します。一方、似た現象でも人間に害を及ぼす場合は「腐敗」と呼ばれます。つまり、私たち人間と微生物の幸福な共生関係こそが発酵の正体なのです。この神秘的なメカニズムに、現代の多くの表現者たちも強く惹きつけられています。
日本独自の風土が育んだ、発酵文化の深いルーツ
「発酵デザイナー」として活躍する小倉ヒラク氏は、発酵の魅力に取り憑かれ山梨県へ移住した一人です。彼は2019年に著書『日本発酵紀行』を出版し、全国各地の現場を歩いてその奥深さを伝えています。小倉氏は、日本の豊かな発酵文化には、高温多湿な気候や、肉食が一般的でなかった歴史的なタンパク源の確保など、必然的な背景があると説きます。
また、サブカルチャー誌『スペクテイター』が2016年に組んだ発酵特集も、業界に大きな衝撃を与えました。当初はパンの特集を予定していたそうですが、探求を進めるうちに味噌や醤油といった発酵全般へとテーマが広がっていったそうです。最先端のバイオ技術としても注目される菌の活用は、私たちの暮らしを明るく照らす希望の光と言えます。
迷いの中にいる現代社会において、発酵という古くて新しい知恵に触れることは、自分たちのアイデンティティを再確認する「自分探し」の旅なのかもしれません。発酵食品を一口食べるたび、私たちは数千年前から続く命の連鎖に繋がることができます。このブームは、目に見えない存在を慈しむ、日本人の優しい精神性の現れではないでしょうか。
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