2019年12月11日、旭化成の吉野彰名誉フェローがノーベル化学賞を受賞するという喜ばしいニュースが世界を駆け巡りました。授賞式の壇上で吉野氏は、これからの時代こそ「基礎研究」の重要性が増すと力説しています。しかし、かつて世界をリードした日本企業の技術開発力は、現在厳しい局面に立たされているのが実情でしょう。
SNS上では「基礎研究こそ日本の宝」「目先の利益ばかり追う姿勢を変えてほしい」といった、研究現場を憂う声が数多く寄せられています。かつてバブル崩壊後の不況期に、多くの企業がコスト削減のために中央研究所を縮小・廃止してしまった代償は、私たちが想像する以上に大きかったのかもしれません。
島津製作所が挑む「オープンイノベーション」の新たな拠点
こうした停滞感を打破しようと、2002年に田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞したことでも知られる島津製作所が、大胆な一手に打って出ました。同社は約86億円という巨額の投資を行い、社外の知見を結集させるための基盤拠点を整備しています。2020年8月には京都府に、同年12月には神奈川県に新施設が誕生する予定です。
ここで鍵となるのが「オープンイノベーション」という考え方でしょう。これは自社の中だけで技術を抱え込むのではなく、大学や他企業、スタートアップなどが持つ外部の技術やアイデアを柔軟に取り入れ、革新的な製品を生み出す手法を指します。島津製作所はこの拠点を通じて、多様な知恵を融合させようとしています。
実際に、乳がんの早期発見に貢献する専用のPET装置開発などは、大学との共同作業から結実した素晴らしい成果です。上田輝久社長は「自社の知恵だけでは新しい事業は生まれない」と断言しており、2018年にはスタートアップとの連携を専門に担う部署を新設するなど、組織の若返りと意識改革を加速させています。
結晶スポンジ法が切り拓く、キリンの次世代ビジネス
一方で、キリンは「スター研究者」とのタッグに勝機を見出しました。その相手は、分子が自ら集まって特定の構造を作る現象を応用した「結晶スポンジ法」の生みの親、東京大学の藤田誠卓越教授です。この技術は、分析したい物質が微量であっても、その立体構造を魔法のように解明できる画期的な手法として注目されています。
キリンの研究チームはこの技術を駆使し、わずか3ヶ月という短期間で、ビールの苦味成分に関わる13種類もの物質特定に成功しました。この驚異的なスピード感は、これまでの研究スタイルでは到底不可能だったはずです。同社は現在、この成果を健康食品へ応用するため、社内ベンチャーを立ち上げて実用化を急いでいます。
総務省の調査によれば、2017年度の基礎研究費は2016年度に比べて15.4%増加しており、ようやく反転攻勢の兆しが見えてきました。しかし、論文数は1990年代のピーク時から減少傾向にあり、予断を許さない状況が続いています。米中の巨大資本に対抗するためには、過去の成功体験を捨て去る勇気が必要です。
私は、こうした企業とアカデミアの境界を越えた挑戦こそが、停滞する日本経済の起爆剤になると確信しています。特定の分野で突出した「知」を持つ外部パートナーと手を結ぶことは、単なる効率化ではなく、未知の可能性を広げる冒険といえるでしょう。2020年という節目を前に、日本の基礎研究は今、静かに、しかし力強く再生への一歩を踏み出しています。
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