文壇の巨星が、四半世紀近い沈黙を破ってマイクの前に立ちました。世界的な人気を誇る作家、村上春樹氏が、2019年12月17日に東京・渋谷の紀伊國屋サザンシアターで「冬のみみずく朗読会」を開催したのです。このイベントは、村上氏の作家デビュー40周年と、川上未映子氏との対談集『みみずくは黄昏に飛びたつ』の文庫化を祝して企画されました。
村上氏が公の場で自作を読み上げるのは、1995年の阪神・淡路大震災を受けて兵庫県で実施されたチャリティ朗読会以来、実に24年ぶりの出来事となります。めったにメディアへ露出しないことで知られる氏の肉声を直接聞けるとあって、会場は開演前から異様な熱気と、選ばれし観客たちの静かな興奮に包まれていました。
特筆すべきは、今回披露された作品が完全な未発表作だったことでしょう。タイトルは『品川猿の告白』。2005年に発表された短編集『東京奇譚集』に収録されている、人間の名前を盗む不思議な猿を描いた『品川猿』の後日談です。作者自身が「あの猿の続きが気になって書いた」と語る通り、長年のファンにとってはたまらないサプライズとなりました。
ユーモアと哀愁が交差する「村上ワールド」の真骨頂
物語の舞台は、群馬県のひなびた温泉宿。そこで働く老いた猿が、訪れた語り手に対して、人間の女性への切ない恋慕や数奇な身の上話を独白するという筋書きです。村上氏は、少し時代がかった独特な口調の猿を演じるように、感情をたっぷり込めて読み上げました。その見事な表現力に、会場からは時折、我慢しきれないといった風な笑い声が漏れ聞こえます。
SNS上では、幸運にもチケットを手に入れた参加者から「村上さんの声のトーンが物語に命を吹き込んでいた」「猿の台詞回しが絶妙で、会場が一体となって笑いに包まれた」といった感動の報告が相次いでいます。読書という孤独な体験が、朗読という形で共有される喜び。それは、まさに文字が音へと昇華される魔法のような瞬間だったと言えるでしょう。
私個人の意見としては、デビュー40年を経てもなお、自身の過去作のキャラクターに新たな息吹を吹き込もうとする村上氏の創作意欲に、深い敬意を表さずにはいられません。かつて名前を盗んでいた「品川猿」が、時を経て何を語るのか。この新作が書籍として活字になる日が今から待ち遠しくてなりません。
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