「総中流」の幻想が溶けゆく令和前夜――低成長時代が暴いた格差のリアルと私たちの現在地

かつて日本中を包み込んでいた「国民のほとんどが中流である」という強い信念が、今、静かに、しかし確実に形を変えています。東北学院大学の神林博史教授の指摘によれば、現代を生きる私たちは、自分たちの生活レベルを1970年代の頃よりもずっとシビアに、そして客観的に見つめるようになったといいます。昭和の高度経済成長期、人々の所得は目まぐるしく上昇し、社会全体が熱狂の中にありました。あまりの変化の速さに、自分が社会のどの位置にいるのかを正確に把握することすら難しかったのです。

しかし、経済が落ち着きを見せ、長い低成長期へと突入したことで状況は一変しました。平均所得や生活水準が大きく変動しなくなった結果、私たちは立ち止まり、冷静に自分の立ち位置を測る「鏡」を手に入れたのかもしれません。社会の実態が透明度を増す中で、かつての曖昧な「中流意識」は姿を消し、より現実的な自己分析が行われるようになったと考えられます。SNSでも「給料が上がらないのに物価だけが上がる」といった切実な声が溢れており、多くの人がこの変化を肌で感じているはずです。

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「格差社会」という言葉の誤解と、統計が語る真実

2005年頃から、「格差社会」という言葉が流行語のように飛び交うようになりました。当時は、特定の政権の政策が格差を生んだと批判されることもありましたが、神林教授はこれに鋭い異を唱えています。所得の不平等さを測る指標である「ジニ係数」や、生活の困窮度を示す「相対的貧困率」、そして「非正規雇用者数」といったデータを見れば、格差の拡大はすでに1980年代から始まっていたことが明白だからです。ここで言う「ジニ係数」とは、社会における所得分配の不平等さを0から1の間で数値化したものです。

数値が1に近いほど格差が激しいことを示しますが、この係数は小泉政権下で急変したのではなく、数十年かけてじわじわと上昇し続けてきました。つまり、急激に変わったのは「社会そのもの」ではなく、私たちの「見方」や「危機感」だったのではないでしょうか。2012年に当時の野田佳彦首相が掲げた「分厚い中間層の復活」というスローガンは、皮肉にも、かつての「総中流社会」が完全に過去の遺物となってしまったことを決定づける象徴的な出来事となりました。

変わらぬ「中」意識の裏に潜む、21世紀の静かなる地殻変動

現代の日本における格差の本質は、社会経済的な地位が低い層の増大にあります。興味深いのは、生活が苦しいと感じる人が増えているにもかかわらず、アンケートで自分の生活を「中」と回答する割合が、2000年代以降も大きく減っていない点です。一見すると矛盾しているようですが、これこそが神林教授の言う「静かな変容」の正体でしょう。中流という言葉の定義が以前よりも引き下げられ、厳しい現実を前提とした「新しい中流意識」へと人々が適応している可能性が示唆されています。

私は、この現象に日本人の慎ましさと、同時に拭いきれない不安を感じざるを得ません。自分を「下」と認めたくないという自尊心が「中」への回答を維持させているのかもしれませんが、この薄氷を踏むような安定はいつまで続くのでしょうか。将来的には、この均衡が崩れ、「中」が激減して「下」が急増する社会が到来するリスクは否定できません。今、私たちがなすべきことは、幻想の中流意識にすがるのではなく、直視しがたい格差の正体を正しく理解し、連帯の道を探ることにあるはずです。

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