一般職から社長へ!シナネンモビリティプラス三橋美和氏が切り拓く「シェアサイクル」と「女性キャリア」の新しい形

2019年12月30日、日本のビジネス界に勇気を与える一人の女性リーダーの軌跡が注目を集めています。エネルギー商社の大手であるシナネンホールディングスが、2019年に鳴り物入りで設立したシェアサイクル事業会社「シナネンモビリティプラス」。その初代社長に就任したのは、新卒時に一般職として入社した三橋美和さんです。

三橋さんは3人の育児と家事をこなしながら、入社20年目にして総合職へと転換し、ついにトップの座へと上り詰めました。この異例の抜擢人事に、SNS上では「勇気をもらえる」「これこそが真のダイバーシティだ」といった称賛の声が相次いでいます。彼女が歩んできた道は、決して平坦なものではなく、まさに「山あり谷あり」の連続だったと言えるでしょう。

5人兄弟の長女として育った三橋さんは、幼少期から弟妹の面倒を見る役割を担い、転校の多い環境で適応力を磨いてきました。この「役割意識」と「変化への強さ」が、後のキャリアにおける大きな原動力となります。1996年に入社した当時は、性別によって職種が固定されている時代でしたが、彼女は置かれた場所で腐ることなく、持ち前の好奇心で仕事の深みを追求していきました。

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流産の悲しみを越えて見出した「時間管理」と「学び」の重要性

順風満帆に見えたキャリアの途上、30代で三橋さんは大きな試練に直面します。仕事を優先するあまり、初めて授かった命を流産という形で失ってしまったのです。深い喪失感に苛まれながらも、彼女はこの経験を糧に、仕事の進め方を根本から見直す決意を固めました。周囲に迷惑をかけないよう徹底した「時間管理」を行い、限られた時間で成果を出すための学習に励んだのです。

その後、36歳までに3人の子宝に恵まれましたが、当時の職場環境は決して育児に理解があるものばかりではありませんでした。「時短勤務」というだけで評価が下げられ、復職のたびに部署異動を命じられる不条理な現実に直面します。それでも彼女が会社を辞めなかったのは、新人時代の上司への恩義と、何よりも「会社が好きだ」という純粋な情熱があったからに他なりません。

三橋さんは、財務や事業推進など多様な部署を経験する中で、点と点の知識を線でつなげていきました。資格取得で得た専門的な知見をもとに業務改善を提案し、それが採用されたことで「働き方が異なっても会社に貢献できる」という確信を得たのです。ここでいう「業務改善」とは、既存の無駄なプロセスを整理し、効率的なワークフローを再構築することを指します。

総合職への転換、そしてシェアサイクル事業を牽引するトップへ

2015年、社内制度を活用してついに総合職へと転換した三橋さんは、停滞していた決済システムの電子化プロジェクトを成功へと導きます。この「電子化」とは、紙の書類で行われていた承認作業をデジタルに移行し、場所を選ばず迅速な意思決定を可能にするDX(デジタルトランスフォーメーション)の先駆け的な取り組みでした。この功績が認められ、2018年秋、ついに社長就任の打診を受けることとなります。

「よい仕組みは人の意識を変える」と語る三橋さんは、現在、シェアサイクル事業という新しいインフラを通じて、社会の利便性を高めるだけでなく、社内の女性たちが活躍しやすい環境作りにも尽力しています。彼女が自らの背中で示してきた「折れないキャリア」は、後に続く後輩たちにとって、何よりも明るい道標となっていることでしょう。

筆者の視点から言えば、三橋さんの成功は単なる個人の努力の結果ではなく、不条理なシステムに対して「実績」という対抗手段で風穴を開けた、極めて論理的な勝利であると感じます。制度が整うのを待つのではなく、自ら成果を出して制度を動かす姿勢こそ、これからの不透明な時代を生き抜くビジネスパーソンに必要な資質ではないでしょうか。彼女が率いるシェアサイクルが、街中を、そして女性たちの未来を快走する日はすぐそこまで来ています。

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