世界を舞台に活躍するプロダクトデザイナー、深澤直人氏が大切に温めてきた友情の記憶を紐解いてみましょう。物語の舞台は1990年代前半、深澤氏がアメリカで活動していた時代にまで遡ります。当時、ロンドンを拠点にデザイン界の新たな旗手として注目を浴びていたのが、ジャスパー・モリソン氏でした。業界をリードする彼への憧れを抱いていた深澤氏は、ある出来事をきっかけに一歩を踏み出すことになります。
モリソン氏が編集に関わった書籍の中で、深澤氏自身の作品が取り上げられたのです。この好機を逃すまいと、深澤氏は勇気を持ってロンドンのオフィスを訪問しました。そこで待っていたのは、意外なほど気さくな本人の姿だったといいます。「ランチへ行こう」と誘われるまま向かった先で、二人の絆を決定づける驚きの光景が繰り広げられました。
レストランに到着したモリソン氏は、なんと一杯のスープだけを注文したのです。そして運ばれてきた二つのスプーンのうち、一つを深澤氏に差し出しました。戸惑う彼を余所に、モリソン氏は自然な様子でスープを口にし、同じように食べるよう促したそうです。この「同じ皿のスープ」を分け合うという行為は、単なる食事以上の意味、つまりクリエイターとしての深い共鳴を象徴していたのでしょう。
SNS上ではこのエピソードに対し、「一流同士の魂の交流に感動した」「スープを分け合う関係性が粋すぎる」といった熱いコメントが寄せられています。派手さを追求せず、日常を豊かにするデザインを目指す二人の姿勢は、まさに「スーパーノーマル(Super Normal)」という言葉に集約されます。これは「ごく当たり前だが、それこそが最も価値がある」という、彼らが提唱する革新的な概念です。
2006年には、この思想を形にした共同展覧会も開催され、デザイン界に大きな衝撃を与えました。彼らが共有しているのは、刺激を追い求めるのではなく、生活に溶け込む最適な答えを導き出すための繊細な思考です。東京で近所に住んでいた時期も、互いのオフィスを頻繁に行き来し、深い対話を重ねてきたといいます。こうした静かな情熱の共有が、今の私たちの暮らしを支える道具を生んでいるのです。
2019年12月21日、深澤氏は還暦を迎えた盟友に、対話アプリ「ワッツアップ(WhatsApp)」で心境を尋ねました。欧米で広く普及しているこのアプリを通じて返ってきた言葉は、「Not too bad(悪くないね)」という一言でした。この一見控えめな表現に、深澤氏はこれまでの歩みに対する揺るぎない自信を感じ取ったそうです。
編集者としての私の視点では、この「悪くない」という言葉こそが、彼らの哲学を最も体現していると感じます。最高でもなく、特別でもなく、ただ「悪くない」と言える状態の尊さこそ、デザインが目指すべき地平ではないでしょうか。長い年月を経てなお、一杯のスープから始まった信頼関係が色褪せないことに、プロフェッショナルとしての真髄を見る思いがいたします。
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