大手飲料メーカー、アサヒグループホールディングスを牽引する社長兼CEOの小路明善氏。彼がビジネスの最前線で戦い続けられる秘密は、どこにあるのでしょうか。その答えは、社長就任の際に家庭から贈られた温かいプレゼントに隠されていました。家族からの応援が詰まったペンケースやメモ帳は、現在も社長室のデスクに大切に飾られています。「みんなで一丸となって進もう」という奥様の優しい言葉は、過酷なビジネス界を生き抜く小路氏にとって、今でも最高のお守りなのです。
この心温まるエピソードに対し、SNS上では「トップに立つ人ほど、身近な支えを大切にしている姿に親近感が湧く」「家族の絆が仕事のモチベーションになるのは本当に素敵」といった感動の声が数多く寄せられています。どれほど大きな企業のリーダーであっても、その原動力は私たちと変わらない、温かな家庭の絆であるという事実に、多くの現代人が共感している様子が伺えます。どんなに役職が上がっても、感謝を忘れない姿勢こそが、人々を惹きつけるリーダーの資質と言えるでしょう。
小路氏の歩みを振り返ると、20代から30代にかけては激務の連続でした。労働組合の専従、つまり企業の従業員を代表して労働条件の改善などの交渉を行う専門の役員を務めていた時期には、5月1日のメーデーに幼い娘さんをベビーカーに乗せて行進したこともあるそうです。当時は大変な日々だったに違いありませんが、今ではかけがえのない人生の1ページとして、小路氏の胸に深く刻まれています。家族の歴史は、そのまま彼のキャリアの歴史でもあるのです。
当時の休日の定番といえば、東京都葛飾区にある柴又帝釈天への家族揃ってのお出かけでした。そこでは、国民的映画「男はつらいよ」の撮影が頻繁に行われており、地元の風景にすっかり溶け込んでいたといいます。撮影を横目に、参道にある名物のお団子屋さんで草団子を頬張る時間は、多忙を極める小路氏にとって唯一心が休まる瞬間でした。こうした何気ない日常の団欒があったからこそ、数々の厳しいビジネスの局面を乗り越えることができたのではないでしょうか。
若かりし頃は、自分が将来社長の座に就くとは想像すらしていなかったと小路氏は語ります。10年もの長きにわたる組合活動の後、本社では人事から財務、広報、さらには法務や情報システムに至るまで、信じられないほど幅広い領域を経験しました。毎晩のように帰宅が深夜になっても、文句ひとつ言わずに家庭を守り、笑顔で送り出し続けてくれた奥様の存在は、言葉では言い表せないほど大きかったに違いありません。
しかし、自身が猛烈に働いてきたからこそ、小路氏は時代に合わせた働き方の変革の必要性を誰よりも痛感しています。そこでアサヒグループでは、女性の社会進出やダイバーシティー、すなわち多様な人材が個々の強みを活かして活躍できる社会の実現を目指し、大胆な社内改革を断行しました。その象徴が、必ず勤務しなければならない時間帯(コアタイム)を完全に撤廃した「スーパーフレックス制度」の導入や、地域限定正社員の採用です。
「スーパーフレックス制度」とは、一般的なフレックスタイム制よりもさらに自由度が高く、労働者が始業と終業の時間を日ごとに完全に自由に決められる画期的な仕組みです。これにより、育児や介護といった個人の事情に合わせた柔軟な働き方が可能となりました。筆者は、過去のハードワークを美化せず、今の時代に最適な最先端の労働環境を迅速に整えた小路氏の経営手腕と柔軟な姿勢に、真の名経営者としての器の大きさを強く感じます。
そんな先進的な仕組みを取り入れる一方で、小路氏自身の経営に対する情熱は今もなお、がむしゃらそのものです。老舗和食店「なだ万」や高級ワインショップ「エノテカ」の買収、さらにはライバル企業との共同配送という驚きのイノベーションを次々と成功させてきました。最前線で走り続けられるのは、やはりデスクの上のペン立てが「いつも一緒だよ」と語りかけてくれるからでしょう。家族への感謝を胸に、アサヒの挑戦はこれからも続きます。
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