長年にわたり気象庁で自然災害と向き合ってきた経験から、私はある確信に至りました。それは、たとえ「1000年に一度」とされるような大災害であっても、それは必ず起きるという事実です。この実感こそが、私たちが今後の災害対策を考える上での原点となります。
たとえば、2011年3月11日に発生した東日本大震災は、まさに1000年に一度ともいえる未曽有の大事件でした。また、2000年の三宅島噴火では、小規模ながらも火口周辺にできた大規模な窪地、すなわちカルデラが形成されましたが、これは約2500年ぶりという非常に稀な出来事だったとされています。「今まで経験したことがないから大丈夫」という考え方は、自然災害の前では決して通用しないのです。
私たちが今、切実に認識すべきは、いつの日か発生すると言われている南海トラフの巨大地震への覚悟であり、地球温暖化によってその激しさを増している気象災害が、すでに現実のものとして進行しているという点です。これは、避けられない「敵」としての自然を正しく理解する第一歩といえるでしょう。
さらに、自然現象の経験とは異なりますが、身に染みて感じたもう一つの教訓があります。それは、都合の悪い出来事というものは、なぜか重なって発生するということです。単独であれば対処できる準備をしていても、厄介なことに、複数の災害や問題が同時に押し寄せると、被害は一気に拡大しかねません。災害という「敵」は、私たちの都合など一切お構いなしに襲いかかってくるものだと心得ておくべきでしょう。
このような厳しい現実を踏まえた上で、私たちは何ができるでしょうか。まずは、自分の住んでいる地域や生活圏に潜在する危険性を正確に把握することです。そして、事前にできる備えを考え、直ちに行動に移すことが肝要となります。これは「敵(災害)」を知ると同時に、「己(自分たちの置かれた状況)」を知るという、まさに**「敵を知り、己を知る」**という孫子の兵法の教えに通じる考え方ではないでしょうか。
特に、高齢化などが進む現代社会では、自助、すなわち「自分自身で命を守る行動」が難しい人々が身近にいることを意識し、地域全体で共助、つまり「助け合うこと」の重要性が増しています。
また、人間には「正常化の偏見」という、危険な状況下でも「自分は大丈夫」「いつものことだ」と現実を過小評価してしまう心理的な傾向があります。これは私たちの**人間の性(さが)**ともいえる魔物であり、誰もが持っているものです。いざという瞬間に、この偏見に囚われて誤った判断を下していないか、一歩引いて自分自身を冷静に観察する姿勢を持つことが大切です。2019年6月26日のこの記事が発信された当時、この種の災害への警鐘はSNSでも「#備えあれば憂いなし」「#災害への心構え」といったハッシュタグと共に、多くの読者に「身近な危険を再確認した」「防災意識が高まった」といった反響を呼び、災害への心構えについて深く考えさせられるきっかけになったことでしょう。
自然を正しく恐れ、しっかりと備え、そして最善の行動をとること。これこそが、私たちが目指すべき「百戦危うからず」の境地です。過去の教訓を活かし、来るべき大災害から大切な命と財産を守るため、今すぐできる行動を始めましょう。
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