ねずみ年に紐解く80年のロマン!京都大学が追い続ける「野ネズミ」進化の謎と日本列島の誕生秘話

2020年01月04日、令和最初の「ねずみ年」が幕を開けました。私たちの身近にいるネズミといえば、家屋に住み着くクマネズミなどの「家ネズミ」を連想しがちですが、大自然の森林や草地には実に多様な「野ネズミ」が生息しています。ネット上でも「野ネズミってそんなに種類がいるの?」「日本固有の生態系が気になる」と、にわかに注目が集まっています。実は、この小さな野生動物たちの歴史を紐解くことで、私たちが暮らす日本列島の成り立ちという壮大な謎が見えてくるのです。

日本の最高学府の一つである京都大学では、なんと1930年代から80年以上にわたり、野ネズミの進化的起源を探る研究が受け継がれてきました。その先駆者となったのが、当時の理学部を支えた徳田御稔博士です。博士が日本全国を駆け巡って採集した膨大なコレクションをもとに、現在の京大総合博物館には7000体を超える貴重な標本が所蔵されています。一見すると同じように見える彼らですが、形態や遺伝子は驚くほど多様で、現代の研究者たちを今なお惹きつけてやみません。

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DNAが明かす「富山―浜松線」の真実と大自然の障壁

日本列島に最も広く深く根ざしている野ネズミが、固有種である「アカネズミ」です。1970年代の研究では、富山県と静岡県を結ぶ構造線付近を境に、東西で染色体の数が異なることが判明し学会を揺るがせました。染色体とは、遺伝情報が書き込まれたDNAがタンパク質に巻き付いてコンパクトに折り畳まれた構造体のことです。つまり、東日本と西日本で細胞のミクロな構造に違いがあったわけですが、21世紀の最新解析では、遺伝子の本体であるDNAそのものには決定的な差がないと分かりました。

では、なぜこのような不思議な現象が起きたのでしょうか。アカネズミは標高1600メートルを超える寒冷な高地では生きられないため、中部地方の険しい高山帯が東西の往来を阻む壁になったと推測されます。しかし、完全に孤立していたわけではなく、わずかな平地や数キロ平米の谷筋を通じて、東西の個体が出会い、命を繋いできた形跡も見つかっています。このように、地殻変動や地形の起伏が生物の微細な進化を促すプロセスには、自然のダイナミズムを感じずにはいられません。

氷河期を生き抜いた小さな旅人たちと「島嶼ルール」

今から約1万2000年前の地球は、現在よりも気温が6度ほど低い「最終氷期最寒冷期」と呼ばれる激しい氷河期でした。この時代は海面が120メートル以上も低下し、現在の日本列島は大陸や周囲の島々と陸続きになっていたと推定されています。津軽海峡を挟む生物の境界線「ブラキストン線」さえも飛び越え、アカネズミが日本全国に分布を広げられたのは、この陸橋のおかげでしょう。小さな体で極寒の環境を生き抜き、新天地へと旅を続けた生命の逞しさには畏敬の念を抱きます。

一方で、さらに南の琉球列島へ目を向けると、そこには全く異なる生態系が広がっています。トカラ諸島を境とする生物地理学上の防衛線「渡瀬線」の南側には、アマミトゲネズミをはじめとする独自の進化を遂げた絶滅危惧種たちが息づいているのです。また、隔離された島に暮らす生物は「島嶼ルール(とうしょるーる)」と呼ばれる奇妙な現象を起こします。これは天敵の少なさや限られた資源に適応するため、本来小さな動物が巨大化し、逆に大きな動物が小型化するという自然の法則です。

アジアの地平から未来へ紡ぐ、終わらない探求

このように変化に富んだ日本の野ネズミたちですが、彼らの祖先は人類が誕生するよりも遥か昔に、アジア大陸から渡ってきたと考えられます。その壮大なルートを解き明かすため、現在の研究チームは1年の3分の1を中国やベトナム、ミャンマーといった広大なフィールドでの調査に捧げています。地道な野生の観察と最先端の科学分析が融合したとき、私たちは地球の歴史そのものを目撃することになるはずです。研究者たちの情熱こそが、科学の扉を開く鍵だと言えます。かつて京大総合博物館の企画展で新種「トクノシマトゲネズミ」が発表され、多くの人々が驚きに包まれたように、身近な野生動物の背後には未知のロマンが隠されています。SNSでも「ネズミを通して地球の歴史が見えるなんて胸熱」「京大の研究の歴史の深さに感動した」といった声が上がっており、この知的好奇心を刺激するメッセージは、世代を超えて多くの人々の心に響くことでしょう。

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