長大なパイプラインが複雑に絡み合う石油化学プラントは、現代の産業を支える巨大な心臓と言えるでしょう。しかし、その内部では稼働時間の経過とともに半製品がこびりつき、配管が詰まるという深刻な課題を常に抱えています。もし不測のタイミングでこれが起きれば、施設全体の操業停止という莫大な機会損失を招きかねません。
こうした製造業の長年の難題に対して、計測・制御機器の大手である横河電機とその子会社である横河ソリューションサービス(東京都武蔵野市)が、極めて独創的なアプローチで挑戦を続けています。彼らが注目したのは、現場に響く「音」の力です。人間の耳では判断できない微細な変化を捉える、画期的な運用管理技術の実用化が動き出しています。
このニュースに対し、SNSなどでは「ベテランの職人技をデジタル化する素晴らしい試みだ」「音のデータ量に目をつけたのが面白い」といった期待の声が多く上がっています。従来は熟練技術者が経験を頼りに、配管の細かな振動や圧力計の数値を読み取って不具合を察知していました。しかし、その手法でも事前の予測は非常に困難だったのです。
そこで研究グループは、振動よりも圧倒的に情報量が豊富で、目に見えない真実が隠されている音声データに着目しました。なんと、プラントの音を1日録音するだけで数ギガバイトもの膨大な情報が集まります。ここから正常な状態のパターンを抽出できれば、設備の状態を正確に可視化し、トラブルを未然に防ぐ道が開かれるでしょう。
この挑戦を加速させるため、横河電機は産業技術総合研究所(産総研)発のベンチャー企業であるHmcomm(東京都港区)とタッグを組みました。同社はAIを用いた音声認識や自然言語の解析に強みを持っています。コールセンターの会話を自動で文字に変換して蓄積してきた高度な音声処理技術を、今回プラントの保守へと応用しました。
ディープラーニングが変える未来の設備メンテナンス
このプロジェクトは、2018年夏から合成ゴムなどを手がける化学大手の日本ゼオンの工場で実証実験を開始しています。現場のパイプラインからマイクで直接集めた音声をデータベース化し、人間の脳をモデルにした最先端のAI技術である「深層学習(ディープラーニング)」を用いて、正常に稼働している際の基準となる音のモデルを構築しました。
この音声モデルと実際の稼働音を比較し、周波数の波形や音量のわずかなズレを比較することで、目に見えない異変を早期に察知します。周波数とは音の振動の速さを示す指標のことで、これらが変化する予兆をいち早く捉えれば、配管が完全に詰まる前にピンポイントでメンテナンスや補修を行うことが可能になるはずです。
2019年2月まで行われた実験では、流量が激しく変化する複雑なラインにおいて正常な音を収集することが難しいといった課題も見えてきました。同社は今後ソフトの改良を重ね、2021年にも予測サービスの事業化を目指します。さらに2022年には、国内の約20拠点のプラントへこの音声分析を拡大する計画を立てています。
将来的には、あらゆるモノをネットにつなぐ「IoT」を駆使してリアルタイムで音を分析し、不具合の予兆をメーカーへ即座に通知するインフラ構築も視野に入れています。大容量のデータを通信する上で、次世代の高速通信規格「5G」の普及も強い追い風となるに違いありません。このスピード感ある展開には、大きなロマンを感じます。
さらにデータ分析のノウハウが蓄積されれば、音の変化と生産量や製品の歩留まり(原材料から良品が得られる割合)の関係性も紐解けるようになるはずです。将来的には、音を聞くだけで製品の品質診断まで行えるサービスも夢ではないでしょう。熟練者の暗黙知に頼ってきた日本のものづくりが、データによって真に進化する時が来ています。
老朽化する日本のインフラを救うデジタル革新への期待
日本の化学プラントの多くは、1960年代の高度経済成長期に建設されたものであり、すでに稼働から半世紀以上が経過して老朽化が深刻化しています。現場が日々の設備対応に追われる中で、最新のデジタル技術を導入したスマート化は一刻を争う共通の課題です。これは、産業の命命線を守るための極めて重要なイノベーションだと確信します。
政府も2017年に、つながる工場として産業競争力を高める「コネクテッド・インダストリーズ」構想を発表し、プラント管理を自動運転やロボットと並ぶ最重点分野に指名しました。この研究には経済産業省からの補助金も交付されており、国を挙げた期待の高さが伺えます。官民一体となったこの取り組みは、強い日本の復活に不可欠です。
世界の動きに目を向けると、化学最大手の独BASFも2022年までに世界350以上の拠点で生産プロセスのデジタル化を完了させる方針を打ち出しています。プラントのスマート化は今や世界的な大潮流であり、その中でも横河電機の「音声解析技術」は間違いなくトップランナーとして世界をリードしていく有益な武器になるでしょう。
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