最先端を走る中国の電気自動車市場に、今まさに大きな地殻変動が起きています。2019年11月下旬に開催された広州モーターショーでは、トヨタの高級ブランドであるレクサスから初となる電気自動車「UX300e」がお披露目され、会場の熱視線を浴びました。これを皮切りに、メルセデス・ベンツやアウディ、テスラといった世界の名だたるブランドが、自慢の最高級電気自動車を次々と投入しています。これら一連の動きは、中間所得層や富裕層をターゲットにしたプレミアム市場が、今なお底堅い人気を誇っていることの証明と言えるでしょう。
しかし、華やかな新型車ラッシュの裏側では、市場の急速な冷え込みというシビアな現実が浮き彫りになっています。中国政府が推し進める新エネルギー車への補助金が減額されたことにより、それまで急成長を遂げていた市場に急ブレーキがかかりました。消費マインドの冷え込みや新車販売全体の低迷も相まって、これからの電気自動車市場がどこへ向かうのか、世界中の自動車メーカーがその動向を固唾をのんで見守っています。SNS上でも「購入のハードルが上がった」「今後の価格設定が気になる」といった不安や期待の声が錯綜している状況です。
実を言うと、中国における電気自動車市場は2019年12月の単月で6カ月連続のマイナス成長を記録しており、年間を通しても初めて前年を割り込むという異例の事態に直面しました。これまで市場を牽引してきたのは、2013年から始まった新エネルギー車、いわゆる「NEV」を対象とした手厚い補助金制度です。NEVとは、電気自動車だけでなくプラグインハイブリッド車や燃料電池車を含めた、排気ガスを抑えた環境に優しい次世代車両の総称です。地方政府も独自の恩恵を用意して普及を後押ししてきました。
ところが2019年6月下旬、その支給基準が前年と比べて最大で6割も削減されるという激震が走ります。同時に、国の基準に足並みを揃えていた地方政府の独自補助金も廃止が決定されました。この大きな方針転換が引き金となり、これまでの勢いある伸びが途絶えてしまったのです。ネット上では「補助金がなくなれば、本当に実力のある車しか生き残れない」「これからは本当の技術競争が始まる」といった、市場の健全化を期待する厳しい意見も多く見受けられます。
現在、中国の都市部を走る電気自動車のリアルな利用実態に目を向けてみましょう。北京や上海、深センといった大都市では、大気汚染対策や渋滞緩和のためにガソリン車のナンバープレート発給に厳しい制限が設けられています。そのため、規制を回避できる電気自動車への特殊な需要が生まれ、短距離の移動に適したコンパクトカーが市場全体の約4割を占めているのが現状です。さらに、カーシェアリングやネット配車サービスといった法人向けの需要が非常に高いため、個人の一般ユーザーの割合は全体の半分程度に留まっています。
一般層への普及を阻むもう一つの大きな壁が、中古車市場における評価の低さです。搭載されているバッテリーの劣化が予想以上に早いことが敬遠され、リセールバリューが著しく低いという課題を抱えています。実際に新車登録から3年が経過した時点での価値を示す残価率を比較すると、ガソリン車が65%を維持しているのに対し、電気自動車はわずか30%にすぎません。購入後の資産価値が大きく目減りしてしまう事実は、個人の買い控えを引き起こす大きな要因となっています。
次世代車両の普及に欠かせないのが、インフラの整備です。中国政府は2020年中に充電スタンドを480万カ所まで増設するという壮大な計画を進めています。2019年6月末の時点で、国内を走るNEVの保有台数が334万台に達していたのに対し、利用できる充電スタンドは101万カ所に留まっていました。ドライバーが安心して長距離を走るためには、いつでもどこでもエネルギーを補給できる環境作りが急務であり、このインフラ拡充が市場復活の鍵を握ることは間違いありません。
中国政府の次世代に向けた本気度は、2012年に制定された産業発展計画からも読み取れます。国家戦略として電動化シフトを明確に打ち出し、さらにその第2弾として、2021年から2035年までを見据えた長期計画の草案が2019年12月3日に発表されました。この新たな方針では、2025年までに新車販売に占めるNEVの割合を現行の20%から25%へ引き上げ、2035年には電気自動車を乗用車の主流に据えるという、非常に意欲的な目標が掲げられています。
この計画の未来図は、単なる電動化に留まりません。2025年には、通信技術やAIを駆使してインターネットと常時接続するスマートカーが、新車販売の3割を占めることを目指しています。さらに、特定の地域内であればシステムがすべての運転操作を完全に自動で行う「レベル4」以上の高度な自動運転技術を、商業ベースで実用化させる方針です。これにより、移動そのものの概念が劇的に変わる未来がすぐそこまで来ています。
このように、国を挙げた強力な推進力によって、最先端のモビリティ社会の実現に向けたロードマップが着実に描かれています。私は、この中国の「自動車強国戦略」の本質は、既存の勢力図を塗り替えるためのドラスティックな挑戦であると考えます。ハイブリッド技術などで高い優位性を持つ日本企業が得意とする領域から、あえて土俵を電気自動車やデジタル領域へとずらすことで、新たなルールのもとで世界の主導権を握ろうという戦略的な意図が明快に透けて見えるからです。
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