日本の少子高齢化や人口減少に関する議論が絶えない中、私たちはそろそろ根本的な向き合い方を見直すべき局面に立たされています。政府は2014年の骨太方針において、50年後にも1億人程度の安定した人口構造を維持するという目標を掲げました。この壮大な計画を達成するために、どれほどの出生率が必要とされるのか、具体的なシミュレーションが示されています。同年に閣議決定されたビジョンでは、2020年に1.6程度、2030年に1.8程度、そして2040年には2.07程度に高めるロードマップが描かれました。
ここで注目したいのが「人口置き換え水準」という専門用語です。これは、外部からの移民流入を考慮しない場合に、現在の人口規模を維持するために必要となる合計特殊出生率の数値を指します。つまり、日本が人口減少に歯止めをかけるには、どこかのタイミングでこの水準である2.07まで出生率を引き上げなければなりません。もしこの達成時期が後ろにずれ込んでしまえば、最終的に国が維持できる人口の分母そのものが、さらに小さくなってしまうという厳しい現実が待ち受けているのです。
しかし、この政府が掲げる出生率の目標値は、本当に現実的なものなのでしょうか。実際の統計データに目を向けてみると、2018年時点での出生率は1.42にとどまっているのが現状です。この数値が、2020年までのわずかな期間で突然1.6へと劇的に跳ね上がることは、常識的に考えて極めて低いと言わざるを得ません。SNS上でもこの目標に対して、「今の社会情勢で急増するわけがない」「現場の感覚とかけ離れすぎている」といった、冷ややかな反響や疑問の声が多数寄せられています。
さらに、2030年の目標である1.8という数値は「希望出生率」と呼ばれています。これは、結婚を望むすべての人が婚姻し、さらに結婚後に夫婦が希望する数の子供を全員出産できた場合に初めて達成される理想的な理論値です。現代の多様なライフスタイルが存在する中で、結婚を望む人全員が例外なく結婚できる社会というのは、到底現実的ではないでしょう。そればかりか、そのような状況を強制的に実現させるための具体的な政策手段や特効薬も、現在の日本には見当たりません。
そして、2040年に2.07を達成するというシナリオは、もはやSFの世界のような無理難題と言えます。なぜなら、結婚を望まない人までが婚姻関係を結び、かつ自分たちが望む以上の数の子供を産み育てなければ到達できない数字だからです。このような個人の自由を無視した社会は実現不可能ですし、目指すべきでもありません。このように論理的に順を追って考えていくと、政府が掲げる「人口1億人維持」という大号令自体が、最初から実現不可能な幻であることは明白です。
私たちは、もはや根拠のない「1億人」という記号のような数字に固執するのをやめるべきではないでしょうか。そもそも、1億人という人口規模そのものに絶対的な意味があるわけではありません。たとえ人口が1億人を下回ったとしても、工夫次第で国民一人ひとりの幸福度や福祉の質を高く保つことは十分に可能です。これからの時代に求められるのは、無理に人口を維持しようと抗うことではなく、人口が減少していくことを前提とした上で、豊かな暮らしを維持・向上できる新しい社会の仕組みづくりです。
私は、これからの日本が目指すべき道は、国全体が賢くしなやかに人口減少と共存する「スマートシュリンク(賢い縮小)」であると強く確信しています。スマートシュリンクとは、人口の規模が小さくなることをネガティブに捉えるのではなく、都市や経済の規模を適正に縮小・集約させながら、生活の質や豊かさを維持する先進的な都市計画や社会思想のことです。ただ衰退していくのを指をくわえて見るのではなく、身の丈に合った豊かさを再構築するという前向きな戦略になります。
そのためには、少子化対策の定義そのものを根本からアップデートしなければなりません。単に人口を増やすための手段としてではなく、国民が安心して子供を産み、笑顔で育てられる社会環境を整えるための福祉政策へと位置付けるべきです。同時に、現役世代が減っていってもびくともしない、持続可能で安定した社会保障システムの再構築が急務となります。限られた労働力でも高い経済価値を生み出せるよう、労働生産性を画期的に引き上げる技術革新も欠かせません。
SNSでは「スマートシュリンクという考え方になら希望が持てる」「拡大再生産の神話から脱却すべきだ」という、前向きに共感する意見が広がりを見せています。人口減少をただのピンチと捉えるか、あるいは社会の成熟に向けたチャンスと捉えるかで、私たちの未来は大きく変わるでしょう。国全体が現実を直視し、スマートシュリンクという賢明な選択へと舵を切ることで、数字の呪縛から解放された、本当の意味で豊かな日本の新しい姿が見えてくるはずです。
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