2020年01月上旬、イギリスの欧州連合(EU)からの離脱撤回を目指して精力的に活動を続けてきた有力団体「リメインユナイテッド」のウェブサイトが、静かにその役割を終えました。同年01月末のEU離脱が決定的なものとなった今、これまで懸命に抵抗を続けてきた若い世代を中心とする残留派の人々は、ついにその旗を降ろすこととなったのです。SNS上では「私たちの未来の選択肢が狭まってしまった」「一つの時代が終わった」といった、落胆や悲しみの声が次々と投稿されています。
思い返せば、2019年12月12日に実施されたイギリス下院の総選挙は、EUへの残留を望む人々にとって文字通り最後の防衛線でした。大手世論調査会社のデータを紐解くと、離脱を選択したことは「誤りだった」と捉える有権者の割合が、肯定派を常に5パーセントから10パーセントほど上回る状態が続いていたのです。それにもかかわらず、なぜ残留派はこれほどまでに完敗を喫してしまったのでしょうか。その背景には、小選挙区制という選挙の仕組みが大きく影響しています。
離脱を確実に実現するために一枚岩となって結束した与党の保守党に対し、残留を望む人々の票は複数の野党へバラバラに分散してしまいました。1議席でも多く獲得した候補者だけが当選する小選挙区制においては、このように票が割れると、たとえ全体的な支持率が高くても議席に結びつかずに埋没してしまうのです。SNSでも「バラバラに戦っていては勝てるわけがない」と、当時の野党の戦略ミスを指摘する鋭い意見が数多く飛び交っていました。
この窮地を脱するため、残留派が総選挙で導入した秘策が「戦術的投票」と呼ばれるものでした。これは、保守党の候補者を落選させるために、自分の本来の支持政党に関わらず、その選挙区で最も当選する可能性が高い野党候補に票を集中させるという合理的かつ戦略的な投票行動を指します。しかし、この戦術は十分に機能しませんでした。なぜなら、残留票を受け止めるべき最大の野党である労働党のトップが、あまりにも偏った思想を持っていたからです。
当時の労働党を率いていたのは、ジェレミー・コービン党首でした。彼は鉄道や水道といった社会インフラの国有化など、きわめて急進的かつ強硬な左派路線を打ち出していたため、中道派の有権者や他の野党との間で足並みを揃えることができませんでした。著名な活動家であるジーナ・ミラー氏も、保守党の圧倒的な勝利が判明した直後、コービン氏が持つ強烈な拒絶反応の影響を見くびっていたと、非常に深く落胆した様子でその悔しさを滲ませていました。
若者たちの未来を憂う声は止みません。再国民投票を求めて運動を展開してきた団体「ピープルズボート」の幹部であるトーマス・コール氏は、総選挙の翌日となる2019年12月13日に職を辞しました。若者が欧州圏内を自由に移動し、学び、働くという貴重な「EU市民の権利」を奪われてしまうことに対し、彼は強い危機感を募らせています。再びEUへ加盟するための運動が立ち上がる可能性はあるものの、それは早くても5年から10年先になるという見通しです。
私は今回の結果について、目先の独立という甘美な響きに溺れ、未来の担い手である若者たちの可能性を摘み取ってしまったのではないかと危惧を抱いています。若年層ほどリベラルな考え方を持ち、EUという巨大な単一市場(関税や規制をなくして人やモノが自由に行き来できる共通の経済圏)の恩恵を実感していたからこそ、残留を強く望んでいたのです。イギリスが単独で世界と渡り合うことの難しさを、若者たちは見抜いていました。
しかし、数十年後にこの国を支えることになる若者たちの必死の訴えよりも、国家の「主権回復」という大義名分が優先される結果となってしまいました。歴史の荒波へと漕ぎ出した新しいイギリスにおいて、夢を絶たれた若者たちはこれからどのような道を切り開いていけば良いのでしょうか。その確かな処方箋は、未だ誰にも見つけられていないのです。
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