遺伝子治療の未来を切り拓く!タカラバイオを育てた宝ホールディングス大宮久会長の「積小為大」の挑戦とSNSの反響

最先端医療の現場を陰で支える存在として、今まさに熱い注目を浴びている企業があります。それが、宝ホールディングス傘下のタカラバイオです。2020年01月14日、同社の礎を築いた大宮久会長が、これまでの苦難の道のりとバイオ産業の未来への展望を熱く語りました。

現在でこそ高収益を誇る同社ですが、その原点は1967年ごろまで宝酒造が手掛けていたビール事業の失敗にありました。競合との激しいシェア争いに敗れ、主力である焼酎の利益をすべて失うほどの痛手を負ったのです。新規事業の探索を命じられた大宮氏は、起死回生の一手を模索していました。

そんな折に訪れた米国視察で、大宮氏はベンチャー企業が手掛けるDNA組み換え技術と出会います。まだ日本に馴染みのなかった「バイオ産業」という言葉に、未来の可能性を直感したそうです。製薬への参入はハードルが高いため、まずは研究用試薬の開発から第一歩を踏み出しました。

ここで言う「試薬」とは、遺伝子の研究や解析を行うために不可欠な実験用の化学薬品のことです。1979年にわずか4種類の試薬からビジネスを開始したものの、周囲からは「バイオなんて儲からない」と猛反対を受けました。初めて商品が売れたときの売上は、わずか15万円だったそうです。

それでも大宮氏は、「必ずバイオの時代が到来する」という強い信念を曲げませんでした。莫大な赤字を抱えながらも、試薬事業を通じて技術力や最先端の情報、そして貴重な専門家とのネットワークを地道に構築し、将来の創薬ビジネスへ向けたエネルギーを蓄えていったのです。

大きな転機となったのは、1988年に「PCR技術」の独占販売権を獲得したことです。PCRとは、ごくわずかな遺伝子を何万倍にも増幅させて検出する技術のことで、現在の医療や研究において主役級の役割を果たしています。この契機が、同社の技術力を飛躍的に高めることとなりました。

さらに2002年には、バイオ部門を分社化するという大きな決断を下します。「親会社の利益に甘えてしまう」という社内のぬるま湯体質を打破するためです。この自立の選択が功を奏し、2008年には見事に営業利益の黒字化を達成して、グループを牽引する柱へと成長を遂げました。

大宮氏は、成功の鍵を「積小為大(せきしょういだい)」という言葉で表現しています。小さな努力をコツコツと積み重ねることで、やがて大きな偉業を成し遂げられるという二宮尊徳の教えです。基礎となる試薬ビジネスを徹底的に磨き続けたからこそ、今日の成功があるのでしょう。

インターネット上では「伝統的な酒造会社が最先端のバイオ企業を育てた歴史に感動した」「PCRや再生医療の黒子として日本を支えていたとは知らなかった」など、驚きと称賛のコメントが溢れています。地道な挑戦を支持する多くのユーザーから、熱いエールが送られていました。

最先端の「iPS細胞」を用いた治療などが一般の病院で普及するには、まだ時間がかかるかもしれません。だからこそ私は、タカラバイオのような企業が未来の医療インフラを支える主役に育ったことは、日本の産業界における希望の光であると確信しています。

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