実家の片付けは「母からの最終講義」?認知症介護と空き家整理のリアルに迫る

ノンフィクションライターの最相葉月さんが綴る、神戸にある実家の売却準備が佳境を迎えています。2019年12月01日現在、3年前に認知症を患ったお母様を東京へ呼び寄せて以来、少しずつ進めてきた片付けも、いよいよ個人の手には負えない状況となりました。

かつて家族の団らんがあった場所も、主を失えばただの空き家です。9年間にわたるがん闘病の末に亡くなったお父様が遺した品々は、手つかずのまま。高い棚に置かれた箱入りの食器や壺を確認するために椅子を上り下りするだけで、体力的にも精神的にも限界が訪れます。

ネットオークションで価値を調べても、大量生産品には色よい返事がありません。5つもある博多人形や、用途不明の動物の置物を前に、最相さんは思わず関西弁で独り言を漏らします。「いったいどうしろっちゅうねん」。この戸惑いは、現代社会が抱える「生前整理」の難しさを象徴しているでしょう。

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父の秘密と業者のスピード感に驚愕

整理のプロである業者に依頼する決め手となったのは、古い鞄から見つかったお父様の独身時代の日記でした。そこには若き日の大失恋が切々と綴られていたのです。「なぜ自分で処分しておかなかったのか」という怒りが、皮肉にも最相さんの背中を押すことになりました。

いざ業者が入ると、その作業の速さに圧倒されます。一つひとつの品に思い出がない第三者だからこそ、タンスの引き出しを次々と開けていく様子は、まるで「宝探し」のようです。中には数百万単位の現金が見つかる家庭もあると聞き、実家という場所の奥深さを再認識させられます。

SNSでも「親の遺品整理はメンタルを削られる」「日記だけは見られたくない」といった共感の声が溢れています。思い出が詰まった場所を「無」に帰す作業は、単なる掃除ではありません。それは、家族の歴史を一つずつ紐解き、自らの手で幕を引くという、非常に重厚な儀式なのです。

成年後見人と空き家特例の壁

実家の売却を進める上で重要なのが「成年後見制度」です。これは認知症などで判断能力が不十分な方に代わり、家庭裁判所から選ばれた後見人が財産管理や契約を行う仕組みです。最相さんはお母様の法的守護者として、この複雑な手続きに奔走しています。

現在は弁護士が財産を、最相さんが生活面を支える「ダブル後見体制」が敷かれています。2019年12月01日時点で、空き家となって3年目の年末までに売却すれば税金が軽減される「空き家特例」の期限も迫っており、不動産会社と二人三脚で法的・経済的なハードルを乗り越えています。

「母の利益を最大限に守る」という目的は明確ですが、実務の煩雑さは想像を絶するものでしょう。しかし、空き家の維持費を払い続けるよりも、その資金を介護費用に充てることこそが、本人の幸せに直結する。この冷静な判断こそが、真の家族愛ではないかと私は強く感じます。

母が身をもって教える「命の授業」

そんな中、お母様が肺炎で入院するという知らせが入ります。点滴を抜かないよう両手を拘束された姿に、最相さんは自分自身まで縛られているような苦しみを覚えます。看護師不足という医療現場の厳しい現実に直面し、毎日病院へ通って寄り添い続ける日々が始まりました。

54歳で若年性認知症を発症してから約30年。最相さんは、母が身をもって自分を教育してくれていると感じるようになったといいます。過度な延命治療はせず、自然な流れに身を任せる。その重い決断を下す覚悟を、お母様は静かに娘に問いかけているのかもしれません。

「母の最終講義」という言葉に、私は深い敬意を抱きます。介護や片付けは、単なる苦労の連続ではありません。親が人生の最期を見せることで、子供に「生きること」と「死ぬこと」の意味を教える最後の教育なのです。この講義を、最相さんは今、真っ直ぐに受け止めています。

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