2020年2月3日、本日は節分です。全国の寺社では豆まきの声が響き渡りますが、この行事の背景には、かつて人々が疫病を恐れ、克服しようとしてきた切実な祈りが隠されていることをご存知でしょうか。著名人が参加する成田山新勝寺をはじめ、各地の寺社で豆まきが行われますが、その起源は平安時代以前にまで遡る「追儺(ついな)」という儀式にあるとされています。
追儺とは、災厄や疫病をもたらす鬼を追い払う行事であり、706年には文武天皇が実施したという記録が残されています。この風習は古代中国から伝来したもので、紀元前16世紀から8世紀の殷や周の時代に成立し、その後、漢の時代になると「1年を締めくくり、新たな年を迎える前に疫病という鬼を払う」という、今の節分に通じる重要な意味が付加されました。
危機管理とリーダーの冷静な判断
歴史を振り返ると、京都の祇園祭もまた、疫病や災害をもたらすと信じられていた怨霊を鎮めるための「祇園御霊会」から始まったとされています。現代を生きる私たちは、こうした歴史を単なる伝承として片付けるのではなく、危機管理という視点で捉え直す必要があるのではないでしょうか。現在、世界を不安に陥れている新型肺炎への対応において、各自治体は大きな正念場を迎えています。
専門家の分析によると、感染症対策を危機管理部門の主要任務として明文化している自治体は全体の約半数に過ぎず、発生時に即座に一義的な対応を行える体制が整っているのは、わずか1割程度という厳しい現状が浮かび上がっています。SNS上でも「地元自治体の情報が少なくて不安」「もっと迅速な公表が必要では」といった、行政の初動に対する懸念の声が多く見受けられます。
感染症は発生の初期段階において、その影響がどこまで広がるか未知数であり、パニックを引き起こしやすい性質を持っています。だからこそ、現場に慣れていない首長が極端な制限をかけてしまうリスクを、多くの専門家が懸念しています。過去の新型インフルエンザ流行時には、過剰な反応による混乱も報告されており、平時からの組織連携がいかに重要かを痛感させられます。
幸い、ここ10年余りで各自治体の対応能力や運用面での改善は着実に進んでいるように見受けられます。しかし、リーダーに求められるのは、古典「貞観政要」にも記されている通り、何よりも正確な言葉選びです。言葉は君子の機密、すなわち状況を左右する重要な判断材料となります。不正確な言動は、恐怖を煽りかねないことを肝に銘じるべきでしょう。
私たちが今、節分に豆をまくその先には、科学的な知見に基づいた「安心感」を社会に届けてほしいという切なる願いがあります。首長やリーダー層には、古い歴史に学ぶ謙虚さを持ちつつ、冷静かつ迅速な判断を下すことで、この危機を乗り越えていくことを強く期待せずにはいられません。
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