世界130以上の国や地域で愛される「味の素」ですが、その裏側には、教科書通りのマニュアルでは決して語れない泥臭い挑戦の歴史があります。現在、味の素の海外食品部でシニアマネージャーを務める宇治弘晃さんは、まさにその最前線を切り拓いてきた伝説の営業マンです。北海道大学時代にはヒッチハイクで全国を巡ったという筋金入りの「体当たり精神」を持つ彼が、いかにして未知の市場に食い込んでいったのか、その軌跡は驚きの連続です。
1993年、宇治さんが最初に足を踏み入れたのは、設立間もないベトナム法人でした。当時のハノイ営業所はエアコンも電話もなく、夜はロウソクの火を頼りに仕事をするという過酷な環境だったといいます。商品は全く売れず、撤退の二文字がチラつく絶望的な状況。しかし、ここで宇治さんの「開拓者精神」に火がつきました。彼は地元の有力な店主と夜通し酒を酌み交わし、信頼を勝ち取ることで販路を一つひとつ広げていったのです。
アラブの春の混乱下で挑んだエジプトでの「食文化」との闘い
宇治さんの挑戦は止まりません。2011年、民主化運動「アラブの春」で騒乱の最中にあったエジプトで、現地法人の立ち上げを指揮することになります。行政が機能不全に陥り、コンサルタントにも頼れない中、自力での事業開始を余儀なくされました。さらに彼を苦しめたのは、アジアとは根本的に異なるエジプトの食文化でした。それまでの成功体験が通用しない「味の壁」が立ちはだかったのです。
「うま味」とは、甘味・酸味・塩味・苦味に続く5番目の基本味のことです。日本では昆布や鰹節から取る「だし」として馴染み深いですが、海外ではその概念自体を知らない人も少なくありません。エジプトでは、どの料理に味の素を振りかければ美味しさが伝わるのか、宇治さんは市場の惣菜を片っ端から買い込み、検証を繰り返しました。しかし、自信を持って提案したピクルスへの使用も、現地の反応は芳しくありませんでした。
転機は、JICAの隊員から聞いた「ロッズ」という家庭料理の存在でした。生米とショートパスタを炒めて炊くシンプルなこの料理こそ、うま味を引き立てる最高のパートナーだったのです。SNS上でも「現地の家庭料理に注目する姿勢こそが真のローカライズだ」と、その徹底した現場主義に称賛の声が上がっています。宇治さんは自らポスターを作り、実演販売を通じて「ロッズには味の素」という新しい常識をエジプトに根付かせました。
失敗こそが最大の武器!次世代に語り継ぐ「味の素流」の魂
2019年現在、宇治さんは自身の豊富な経験を若手社員に伝える教育に力を注いでいます。彼が強調するのは「失敗から学ぶこと」の大切さです。食卓を豊かにしたいという願いは世界共通であり、貧しい地域ほど「少しでも美味しいものを」という切実なニーズがあることを、彼は肌身で知っています。予測不能な事態が起きる海外の現場において、マニュアルに頼らず自ら考え動く力こそが、最も重要だという主張には重みがあります。
近年、世界的に健康志向が強まる中で、塩分を控えつつ美味しさを維持できる「うま味」の活用は、これまで以上に注目を浴びるでしょう。宇治さんが培ってきた「現地の人と共に食べ、共に語る」という営業スタイルは、単なるビジネスの手法を超えた、人と人を結ぶ文化交流そのものだと感じます。彼の背中を見て育つ若手たちが、次にどの国で新しい「美味しい」を創造するのか、期待が高まります。
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