志摩観光ホテルの料理長として挑んだ「信頼」の物語:樋口宏江が貫く厨房の哲学

2008年、志摩観光ホテルにおいて大きな転機が訪れました。新館「ザ ベイスイート」の開業に伴い、フランス料理レストラン「ラ・メール」の料理長に抜擢されたのは、当時37歳だった樋口宏江さんです。近鉄グループのホテルチェーン全体を見渡しても、女性が料理長に就任するのはこれが初めてのことでした。10人のコックを率いる立場となった樋口さんを待っていたのは、華やかな舞台ではなく、想像を超える孤独と重圧だったのです。

当時、現場には樋口さんが駆け出しの頃に指導を仰いだ男性の先輩コックたちが数多く在籍していました。昨日まで呼び捨てにされていた後輩が、突然自分の上司として指示を出す状況に、現場の空気は凍りつきました。「女性だから特別扱いされているのではないか」という周囲の冷ややかな視線や、あからさまな反発心。それは、料理長として認められたという喜びを瞬時に打ち消すほど辛い現実でした。

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信頼を築き上げるための「行動」という選択

調理場という極めてシビアな現場において、言葉だけで周囲を納得させることは不可能です。樋口さんは、「指示を出す前に、まず自分の仕事で信頼を勝ち取ろう」と決意しました。朝は誰よりも早く出勤し、夜は誰よりも遅くまで厨房に残る。鍋洗いから掃除まで、誰もが嫌がる雑務を率先してこなすことで、背中で自身の覚悟を示し続けました。

当時の経験について、SNSでも「上司になったからこそ、誰よりも泥臭く働く姿勢に胸を打たれる」「技術だけでなく、人間力で周囲を動かす姿勢こそが本物のリーダー」といった称賛の声が上がっています。また、指示を出す際にも、年長者に対しては「この皿の余白には美しさが宿るはずです」「一緒に解決策を見つけませんか」と、相手の尊厳を傷つけないよう慎重に言葉を選びました。この配慮と行動力こそが、バラバラだった調理場の結束を固める鍵となったのです。

仕事と家庭を両立する中で育まれた「家族の絆」

料理長としての重責に加え、子育てとの両立は常に困難を伴うものでした。多忙な宴会シーズンや休暇期間、夫婦ともにホテル料理人であるため、どうしても人手が足りなくなる場面が多くありました。そんな折、5歳年下の夫が「僕が道を譲るから、君は自分の料理の道を突き進んでほしい」と申し出たのです。一切の口出しをせず、常に最大の後方支援者として寄り添う夫の姿勢には、多くの読者から「究極のパートナーシップ」「お互いの夢を尊重する姿が素晴らしい」と共感の輪が広がりました。

毎年10月10日、樋口さんが「ラ・メール」の料理長に就任した記念日には、自宅に美しい花が飾られます。幼い息子たちも、母が家族のために懸命に働いていることを理解し、決して無理なおねだりはしませんでした。帰宅後に目にする花々、そして朝食時に交わす「ありがとう」という短い言葉。それらは、過酷な厨房で戦い抜いた樋口さんにとって、何物にも代えがたいエネルギーの源となっているのです。

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