がんと闘う若きビジネスパーソンを孤独から救う!「がんノート」岸田徹氏が発信する妊孕性の真実と未来への希望

日本人の2人に1人が生涯のうちにがんと診断され、3人に1人が命を落とすと言われる現代において、この病気は決して他人事ではありません。しかし、働き盛りの若い世代が直面する仕事や生活における本当の苦悩は、社会に広く知られていないのが現状です。

こうした情報不足の壁に突き当たり、自ら立ち上がった人物がいます。特定非営利活動法人「がんノート」の代表理事を務める岸田徹さんは、2020年2月5日現在32歳という若さでありながら、壮絶な闘病を乗り越えて患者に寄り添う活動を続けていらっしゃいます。

インターネット上では「若い世代のがんに関するリアルな体験談は本当に貴重」「不妊のリスクについてもっと知られるべきだ」といった、彼の活動を支持する感動と共感の声が数多く寄せられている状況です。

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25歳で突如訪れたステージと「胎児性がん」の告知

時計の針を巻き戻すと、岸田さんが異変を感じたのは社会人2年目を迎えていた2012年の春先のことでした。当時25歳だった彼は、東京の渋谷にあるインターネット広告会社「マイクロアド」で多忙な営業の日々を送っていたのです。

首の根元に腫れが現れたものの、近くのクリニックではインフルエンザの疑いと言われ、会社の健康診断でも異常なしという判定でした。ところが、秋が深まるにつれて腫れは増大し、同年11月に大学病院を経て、国立がん研究センターで「胎児性がん」との告知を受けます。

胎児性がんとは、赤ん坊になる前の生殖細胞から発生する非常に希少ながんの一種です。主治医から告げられた「5年生存率は五分五分」という言葉は、前途洋々だった若者の日常を一瞬にして凍りつかせたに違いありません。

失われた機能とネットにもない「妊孕性」の情報

3ヶ月に及ぶ過酷な抗がん剤治療で髪の毛は抜け落ち、胸を大きく切り開く手術の直後には呼吸困難に陥るほどの苦しみを味わいました。さらに、2回目の手術で腹部の腫瘍は摘出できたものの、岸田さんは自身に射精障害という重い後遺症が残っていることに気がついたのです。

医療の世界には「妊孕性(にんようせい)」という言葉があり、これは「妊娠するための力」を意味しています。がん治療の副作用によってこの能力が低下することは少なくありませんが、当時の主治医でもはっきりとした原因は掴めませんでした。

孤独な状況のなかでインターネットを検索しても、同世代の男性患者に向けた情報はどこにも転がっていなかったそうです。「男性としての生きる意味を見失った」と語るその絶望感は、がんを告知された瞬間よりも遥かに苦しいものだったと胸の内を明かしています。

絶望の淵からのリスタートと聖火ランナーへの決意

がん告知から1年半が経過し、念願の職場復帰を果たした岸田さんを待っていたのは、周囲に元気な姿を見せなければという強烈なプレッシャーでした。自らを追い詰めた結果、初めて自死を意識するほどの精神状態に陥り、すべてをリセットするために退職を決意されます。

社会から切り離されたような強い孤独感を抱える若い世代を救うため、2014年に闘病の経験談を配信する「がんノート」の活動をスタートさせました。その後、精巣がんで3回目の手術を経験しながらも、彼は同じ悩みを抱える仲間たちのために発信を続けています。

幸いにも治療開始前にご自身の精子を保存していた岸田さんは、患者の会で出会った女性と結婚し、現在は2人で子供を持つ未来を模索している最中です。2020年7月には東京五輪の聖火ランナーとして都内を走ることが決まっており、希望の光を次世代へつなぐため前を向いています。

編集部が考える「アピアランスケアと情報支援」の重要性

筆者は、岸田さんの歩みを通じて、医療現場における外見や生殖機能のケア、いわゆる「アピアランスケア」や生活支援の情報がまだまだ不足していると感じます。命を救うことだけでなく、その後の人生の質をいかに保つかという視点が不可欠ではないでしょうか。

若い世代のがん患者が未来への希望を失わずに生きていける社会を作るためには、彼らのリアルな声に耳を傾け、妊孕性に関する正しい知識を共有していくことが重要です。がんノートのような草の根の活動が、今後の医療や社会の仕組みを温かく変えていくと確信しています。

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