世界中を震撼させている新型コロナウイルスの猛威は、発生源とされる武漢にとどまらず、中国の心臓部へと牙をむいています。中国共産党の中枢が置かれている首都・北京では、かつてないほどの異様な厳戒態勢が敷かれました。ウイルスの見えない恐怖に怯える大都市からは、これまでの活気ある日常が完全に消え去っています。
2020年2月10日、春節の長期休暇が明けたこの日、習近平国家主席は北京市内の医療機関や研究施設へと自ら視察に赴きました。マスクを着用した姿の習主席は、現在の情勢について非常に厳しいという認識を示しています。さらに、感染拡大を阻止するための戦いを「人民戦争」や「総力戦」と表現し、断固として勝利を収めるよう強く訴えかけました。
ここで使われた「人民戦争」という言葉は、かつて建国の父である毛沢東が提唱した、全住民が一体となって敵に立ち向かう軍事戦略を意味する専門用語です。この強力な言葉が再び持ち出された背景には、すべての市民に多大な犠牲を強いてでも危機を乗り越えなければならないという、最高指導部の極めて切迫した危機感が現れていると言えるでしょう。
2020年2月11日の朝、高層ビルが立ち並ぶ北京の代表的なビジネス街である国貿地区を歩いてみても、人影は驚くほどまばらでした。普段であれば多くの通勤客で行き交う時間帯であるにもかかわらず、オフィスビルに出入りするビジネスパーソンの姿はほとんど見られません。大都市の動脈であるはずの地下鉄の車内も、信じられないほど閑散としています。
2003年に発生した重症急性呼吸器症候群、いわゆる「SARS(サース)」の流行を北京で経験したという60代の女性は、当時よりもはるかに状況が悪化していると感じると不安を吐露しました。深刻な感染への恐怖から、周囲の人々は一様に外出を拒んでいる状態です。SARSは重い肺炎を引き起こす感染症ですが、今回の危機はそれを上回る恐怖を与えています。
2020年2月10日現在のデータによると、北京市内の感染者は342人で、亡くなった方は3人だと報告されました。武漢市の規模に比べれば数字の上での危機の度合いはまだ小さいものの、2000万人を超える北京市民は、目に見えないウイルスの侵入に怯えながら自宅に閉じこもる日々を余儀なくされています。
街の雰囲気が一変したのは、日本でいう元日にあたる春節当日の2020年1月25日の夜でした。国営の中央テレビに習主席をはじめとする最高指導部の面々が登場し、党中央による統制を強化する旨の重要指示が下されたのです。このアナウンスを事実上の合図として、中国全土は一瞬にして「戦時体制」へと突入することになりました。
明くる朝には、北京の街並みは文字通り様変わりしていました。各地区では感染防止を名目に、部外者の立ち入りを制限するためのバリケードがあちこちに設置され、物理的な壁が築かれています。生活を支えるスーパーやコンビニは営業しているものの、店頭には「マスク着用義務」と「マスク・消毒液完売」という矛盾した張り紙が並ぶ異常事態です。
こうした緊迫した状況に対し、日本のSNS上でも「マスクがないのに着用必須なんてどうすればいいのか」「北京がこれほどゴーストタウン化するとは想像も絶する」といった、驚きや同情の声が多数寄せられています。さらに、海外の外交官や外国籍の住民たちが、次々と大きなスーツケースを手に北京を脱出する動きも加速しているようです。
行政側は連日、新たな感染者が確認された場所のリストを公表していますが、地図上に打たれる赤い点は増え続けています。デマと真実が入り混じる情報に市民の不安は増幅し、ついに指導部が執務を行う「中南海」の周辺にまで赤い点が迫ってきました。国家の基盤を揺るがすこの国難に対し、政府は一刻も早い透明性のある情報開示と、市民の安心に繋がる具体的な施策を示すべきだと私は考えます。
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