今をときめく作家、町屋良平さんが、ご自身の創作活動の原点ともいえるロシア文学研究者の小澤裕之さんとの深い交友について語ってくださいました。文学の世界で孤軍奮闘し、新人賞への応募を続けてもなかなか結果が出ず、苦悩されていた時期に、町屋さんはインターネットを通じて小澤さんと出会われたそうです。この交流が、町屋さんの小説執筆に対する意識を根底から変える大きな転機となったようです。
小澤さんから小説の感想をもらううちに、町屋さんは「自分と文学、そして小澤さんという存在の『あいだ』にある空間に向かって小説を書くべきではないだろうか」と考えるようになりました。これは、ご自身ひとりの内面深くへと潜り込んでいく創作に限界を感じつつも、特定の読者、つまり小澤さんだけに向けて書くのとも違う、中間領域を探る試みだったと言えるでしょう。この独自の視点、すなわち「あいだ」にある潜在的な読者との共鳴点を見つけ出そうとする試行錯誤のプロセスこそが、他にはない町屋文学の確立に繋がったのだと私は確信しています。
そして数年後、町屋さんはこの試みの成果ともいえる『青が破れる』でついにデビューを果たされました。ちなみに、小澤裕之さんは主に20世紀ロシア文学、特にダニイル・ハルムスという作家を専門とされているそうです。ハルムスはロシア・アヴァンギャルド(20世紀初頭に起こった芸術運動、特にロシアにおける前衛的な文学や美術)の代表的な作家の一人で、小澤さんはその「批判的検討」を研究テーマとされています。この「前衛」という概念は時代を越えて繰り返されるものであり、**真の「新しさ」**を創造するためには、その歴史的背景を深く理解することが不可欠だと、町屋さんは小澤さんとの対話を通じて強く学ばれたのでしょう。
私見ですが、文学における「あたらしさ」は、過去の蓄積、すなわち歴史との対話の先にこそ生まれるものだと感じています。小澤さんが研究されているような専門性の高い視点は、孤立しがちな作家の創作に、知的な広がりと深みを与えてくれる、非常に貴重なインスピレーションの源泉だったに違いありません。この交友から得られた知の刺激が、デビュー作に結実したことは、文学の世界における異分野交流の重要性を改めて示しているのではないでしょうか。
さらに印象的なエピソードとして、小澤さんが作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ(ノンフィクション作品で有名なノーベル文学賞受賞者)が2019年6月頃に来日された際、研究室の一員として彼女の身の回りのお世話をされたというお話があります。憧れの国際的作家が飲むお茶を入れるためにお湯を沸かした、と話す小澤さんの声は、まるで純粋な少年のような響きがあったそうで、そのひたむきな姿が町屋さんには非常に強く記憶に残っているそうです。このエピソードは、研究者としての大局的な視点と、一人の文学愛好家としての純粋な情熱を併せ持つ小澤さんの魅力が凝縮されていると言えるでしょう。
町屋さんのこの文章は公開されるやいなや、SNS上で「創作における他者の存在の重要性に気づかされた」「天才も一人ではない、ということがよくわかる」「文学研究者と作家の理想的な関係だ」といった共感の声や反響を集めました。一見孤独な作業に見える小説執筆が、実は対話や交流といった人間的な繋がりの中で磨かれ、高められていくプロセスが鮮やかに伝わってきたためでしょう。町屋良平さんの小説の奥深さは、こうした稀有な交友と、文学の「あいだ」を探求する知的な挑戦から生まれたと言っても過言ではないでしょう。
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