瀬戸内海に浮かぶ島々を、まるで糸で縫うように結ぶ「しまなみ海道」。サイクリストの聖地として世界中から注目を集めるこの道が、2019年5月で開通20周年を迎えました。しかし今、この美しい橋がもたらしているのは観光客だけではありません。
実は、都市部で働く現役バリバリのビジネスパーソンたちが、続々とこの地へ移り住むという新しい潮流が生まれているのをご存じでしょうか。今回は、瀬戸内で起きている「SETOUCHI 2.0」とも呼べるライフスタイルの激変について、現地の熱気をお伝えします。
東京の仕事を、島の古民家で。理想の「リモートワーク」がここにある
その象徴とも言えるのが、愛媛県今治市の大三島に移り住んだ増田茂樹さん(35)と理絵さん(40)ご夫妻です。お二人はそれぞれ東京や大阪に本社を持つIT企業の社員ですが、2016年春からこの島で暮らしています。
茂樹さんの朝は、午前6時の浜辺の散歩から始まります。その後、自宅でプログラミング業務をこなすのですが、出社はなんと2週間に1度、大阪の支社に行くだけ。これは「リモートワーク」と呼ばれる、IT技術を使って場所にとらわれずに働くスタイルですが、満員電車とは無縁の島ライフは、まさに現代人の憧れではないでしょうか。
さらに驚くべきは、彼らがただ住むだけでなく、2017年12月に自宅近くの古民家を改装し、宿泊施設「オオミシマスペース」を開業したことです。ここにはWi-Fiや4Kモニターなど、エンジニア垂涎の設備が完備されています。
ここでは企業の合宿や、「ハッカソン」と呼ばれるエンジニアたちが短期間で集中的にソフトウェア開発を競うイベントも開催されています。「島をIT村にしたい」という彼らの夢は、決して絵空事ではないでしょう。
「隠居」から「挑戦」の場へ。移住者の若返りが止まらない
かつて地方への移住といえば、定年退職後の「第二の人生」を静かに過ごすイメージが強かったものです。しかし、いよぎん地域経済研究センターのデータによると、大三島への移住者はここ数年で劇的に若返っています。後半の調査では、60歳未満の割合がなんと7割を超えたというのです。
なぜ、働き盛りの世代がしまなみ海道を選ぶのでしょうか。理絵さんが語る「大病院は橋で行けるし、通販も翌日に届く」という言葉に、その答えがあります。橋というインフラがもたらす都会並みの利便性と、圧倒的な大自然。この「いいとこ取り」こそが、最強の移住誘致策になっているのです。
私はコラムニストとして、この現象こそが真の「地方創生」だと確信します。行政が旗を振らなくても、魅力ある場所には自然と面白い人間が集まる。移住者を「よそ者」扱いしない瀬戸内の大らかな気質も、起業家たちの背中を押しているに違いありません。
チョコレート、ワイン、大福。島から生まれる「名物」たち
若いエネルギーは、新しいビジネスの種を次々と芽吹かせています。因島では、元ガス会社勤務の松浦さんが「はっさく工房まつうら」を立ち上げ、名物の大福が即完売する人気ぶりです。向島では、若者3人が始めた高級チョコ工房「ウシオチョコラトル」が、広島空港に店舗を出すほどのブランドに成長しました。
さらに大三島では、著名な建築家・伊東豊雄さんが音頭を取り、耕作放棄地をブドウ畑に変えてワイン造りに挑んでいます。2020年には島内に醸造所もできる予定とのことで、食と農が融合した新たな観光資源になるはずです。
SNS上でも「しまなみ海道のカフェがお洒落すぎて驚いた」「移住して毎日海を見て暮らしたい」「ウシオのチョコはマジで絶品」といった、若者からの熱い投稿が後を絶ちません。
開通から20年。単なる交通路だった橋は、今や人々の夢と未来を運ぶ「架け橋」となりました。次はどんなチャレンジャーがこの橋を渡ってくるのか、瀬戸内のこれからにワクワクが止まりません。
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