開港25周年を迎えた関西国際空港の歩み!山谷社長が語る「波乱万丈の歴史」と劇的な復活劇の舞台裏

1994年9月4日に日本初の本格的な24時間運用可能な海上空港として誕生した関西国際空港が、ついに大きな節目を迎えました。運営会社である関西エアポートは、2019年9月20日に開港25周年を祝う記念イベントを華やかに開催しています。式典の壇上で山谷佳之社長は、これまでの歩みを「紆余曲折の連続だった」と振り返り、長年支え続けてくれた国や自治体、そして経済界への深い感謝を言葉に込めました。

四半世紀という時間は、決して平坦な道のりではありませんでした。開港当初は関西の空の玄関口(ハブ空港)として輝かしい未来が約束されていたはずですが、存続が決まった大阪国際(伊丹)空港や、2006年に誕生した神戸空港との間で需要が分散する厳しい現実に直面します。一時は利用者の低迷から「関空不要論」までもが囁かれるほど、厳しい逆風にさらされていた時期があったことは記憶に新しいでしょう。

転機が訪れたのは2012年、格安航空会社(LCC)であるピーチ・アビエーションが拠点を構えたことでした。これを機にアジア路線が爆発的に拡大し、いわゆる「インバウンド(訪日外国人客)」の急増という追い風を掴むことに成功します。さらに2016年には、官民連携の「コンセッション方式(施設の所有権は国などが持ち、運営権を民間企業に売却する仕組み)」を導入し、オリックスと仏バンシ・エアポートによる新体制がスタートしました。

順風満帆に見えた矢先、2018年秋には大型台風による大規模な浸水被害に見舞われ、空港が一時閉鎖されるという最大の危機に陥ります。しかし、そこからの復旧劇は驚異的なスピードでした。関係者の尽力により利用者数はV字回復を遂げ、2018年度の総利用者数は約2940万人という過去最高記録を塗り替えています。SNS上でも「関空は関西の誇り」「あの被害からよくここまで戻った」と、称賛と応援の声が数多く寄せられています。

編集者としての視点で見れば、関空の歴史はまさに日本の観光立国への挑戦そのものだと感じます。幾多の災害や競合を乗り越え、不屈の精神で「アジアの玄関口」としての地位を確立した底力には驚かされるばかりです。25周年という通過点を経て、次はどのような新しい空の旅を私たちに見せてくれるのでしょうか。完全復活を遂げた現在の勢いそのままに、さらなる飛躍を期待せずにはいられません。

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