将軍も愛した「献上の味」を次世代へ!北海道・西別川で漁師たちが貫いた環境保護とブランドサケの奇跡

北海道の東部に位置する根室地方には、水辺の恵みを守り抜こうとした人々の情熱が息づく物語が存在します。摩周水系の清らかな伏流水を源流とする全長70キロメートル超の西別川は、かつて川面が見えなくなるほどのサケが遡上した場所として知られていました。江戸時代後期には徳川将軍家へ献上されるほど質が高く、当時の記録でも「秋味(あきあじ)第一の場所」と絶賛されるほどの名産地だったのです。

しかし、1973年に大きな転機が訪れます。当時の国が進めた「新酪農村建設事業」により、大規模な森林伐採や河川改修の計画が浮上したためです。この巨大開発は、膨大な数の牛の排せつ物による水質汚染のリスクを孕んでいました。豊かな海と川の環境を次世代に残したいと願う根室の青年漁民たちは、1973年春に開発への「絶対反対」を決議し、自分たちのアイデンティティとも言える川を守るために立ち上がったのでした。

漁民たちの切実な訴えは、行政を動かす大きな力となりました。1973年12月、北海道知事と地元漁協の間で「河川工事の際は事前に協議する」という歴史的な覚書が交わされます。これは、住民側が「沿岸域管理」の主導権を握る画期的な出来事でした。沿岸域管理とは、川から海へと繋がる生態系全体を、持続可能な資源として適切に運用・保全する取り組みを指し、現代の環境保全における重要な指針となっています。

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受け継がれる「森と海」の共生と地域コミュニティの絆

制度を作るだけでなく、漁師自らが行動を起こした点も特筆すべきでしょう。1973年には別海漁協の青年たちが、原始の姿が残る上流から下流までをゴムボートで4日間かけて踏査しました。この実地調査を皮切りに、1977年からは定期的な水質調査、1988年には漁協婦人部による河畔への植林活動も始まっています。SNSでも「山に木を植える漁師さんの姿に感動する」といった、一次産業の枠を超えた活動への賞賛の声が絶えません。

こうした長年の努力は、現在「献上西別鮭」というブランドとして結実しています。雄のサケを塩漬けにして熟成させ、冷たい秋風でじっくりと乾燥させる伝統の寒風干しは、まさに時をかける芸術品です。毎年10月に開催される「西別川あきあじまつり」では、支えてくれた人々への感謝が込められており、地域の特産品を誇りに思う地元住民と、それを求めて訪れる観光客との温かな交流の場となっています。

私は、この西別川の事例こそが、真の意味での「地域主権」の形だと強く確信しています。上流の農家と下流の漁師が対立するのではなく、話し合いを重ねて「共通の宝」を守る選択をしたことは、分断が進む現代社会において極めて価値のある教訓です。専門知識を学び、科学的な視点で自分たちの環境を分析する「住民の学び」こそが、豊かな自然と経済的なブランド力を両立させる唯一の鍵であると言えるでしょう。

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