2019年10月01日より、東京都内の最低賃金は前年比2.84%の引き上げが行われ、ついに大台の1013円へと到達しました。働く側にとっては喜ばしいニュースに思えますが、実は現場では予期せぬ混乱が広がっています。それは、一定の年収を超えると社会保険料などの負担が生じる、いわゆる「年収の壁」という問題です。賃金が上がった分、働く時間を減らさなければ手取りが減ってしまうという矛盾に、多くの中小企業が頭を抱えているのです。
SNS上でも「給料が上がったのに、シフトを減らさないと損をするなんて本末転倒だ」という現役パートの方々の切実な声や、「人手不足なのに働いてもらえない」という経営側の嘆きが目立ちます。特に、所得税の支払いが生じる「103万円の壁」や、社会保険の加入義務が発生する「130万円の壁」を意識する層が多く、東京都調布市のメッキ加工会社「京王電化工業」では、2019年12月から対象者の勤務日を削減するなど、苦渋の調整を迫られています。
ここで専門用語を解説しましょう。「社会保険の壁」とは、年収が一定額を超えると自身で健康保険や年金保険料を支払う必要が出てくる境界線のことです。これにより、わずかに年収が増えるだけで、逆に手取り額がガクンと減ってしまう「働き損」の状態が生まれます。食品製造業の現場では、年末の繁忙期に備えて11月の閑散期に無理やり休暇を取らせるなど、パズルを解くようなシフト作成が行われており、経営者の疲弊は限界に近いといえるでしょう。
手取りを守るための独自施策と正社員化への舵切り
こうした苦境に対し、知恵を絞って「壁」に立ち向かう企業も現れています。東京都八王子市で半導体製造装置を手掛ける「アトム精密」では、年収130万円を超えたパート従業員に対し、なんと月5万円から8万円ほどの手当を上乗せする決断を下しました。配偶者の家族手当がなくなる分を会社が肩代わりすることで、熟練した人材を確保し続ける戦略です。代替不可能な高いスキルを持つスタッフを守るための、非常に大胆な先行投資といえます。
一方で、勤務時間の制限そのものを根本から解消しようとする動きも出てきました。東京都昭島市の「ローザ特殊化粧料」では、最低賃金の引き上げを機に、思い切ってパート採用を「正社員採用」へと切り替えています。作業の途中で帰宅せざるを得ない状況が続くと、複雑な生産計画が維持できないと判断したためです。2019年10月までに2名の正社員を採用し、制度の変化を組織の安定化へと繋げる逆転の発想を見せています。
私個人の意見としては、現在の最低賃金引き上げのスピードに対し、税制や社会保障制度のアップデートが完全に遅れていると感じます。せっかくの賃上げが「労働時間の抑制」という形で経済にブレーキをかけている現状は、非常に皮肉なものです。国は賃上げを推奨するだけでなく、働き手が損をしないよう「年収の壁」の基準自体を引き上げる抜本的な改革を急ぐべきではないでしょうか。
2020年04月には残業時間の上限規制など、さらなる「働き方改革」の波が押し寄せます。東京都内の中小企業は、今まさに生存をかけた制度対応の岐路に立たされています。賃上げを単なるコスト増と捉えるか、それとも組織構造を変革するチャンスと捉えるか。経営者の手腕が、かつてないほど厳しく問われる時代が到来しているのは間違いありません。
コメント