通常、本格的な和英辞典を制作するには、20名ほどの執筆者と5名の編集者がチームを組むのが業界の常識です。しかし、その常識を覆し、たった一人で30年もの歳月を費やして理想の辞典を編み上げた人物がいます。出版社で長年外国語辞典の編集に携わってきた頴川栄治氏です。彼が完成させた「日英対応コロケーション辞典」は、見出し語6万、用例数10万という圧倒的なボリュームを誇ります。
本作の鍵となる「コロケーション」とは、単語と単語の自然な結びつき、つまり「ふつうの表現」を指す専門用語です。例えば「学校」という言葉なら「学校に行く」「学校をサボる」といった、私たちが日常的に使う組み合わせのことです。従来の辞典では、こうした表現が文例の中に埋もれてしまいがちでしたが、頴川氏は「これこそが本当に知りたい表現だ」と考え、コロケーションを主役にした画期的な構成を実現されました。
SNSでは「一人で30年も作り続けるなんて、まさに言葉の職人だ」「コロケーションに特化した辞書は、英語学習者にとって喉から手が出るほど欲しい一冊」といった、驚きと称賛の声が上がっています。頴川氏がこの壮大なプロジェクトをスタートさせたのは、1989年4月のことでした。小学館に入社してすぐに和英辞典の担当となり、そこで感じた「引きにくさ」や「記述の不統一」を解消したいという情熱が、すべての始まりだったのです。
国語辞典を読破して挑んだ「引きやすさ」の極致
頴川氏のこだわりは凄まじく、和英辞典の編集には深い日本語能力が不可欠だと考え、なんと国語辞典を1冊丸ごと読み通した経験もあるそうです。その知識は、見出し語や用例の選定に大きく活かされています。さらに、日本語から英語を考えるだけでなく、英和・英英辞典の膨大な知識から逆引きし、「法外な値段」を意味する「ridiculous price」のような、生きた英語表現を次々と取り入れていきました。
2011年に定年を迎えてからは、まさに朝から晩まで辞典づくりに没頭する日々を過ごされたといいます。一見すると孤独な作業に思えますが、本人は「言葉との出合いは刺激に満ちており、一度もつらいと思ったことはない」と語ります。例えば「飼い犬に手をかまれる」の英訳として、「懐で蛇を温める」という直訳を持つ英語表現を見つけた日には、白ワインで祝杯を挙げるほど、その喜びは格別なものだったようです。
2018年にはついに原稿が完成し、その内容は「態度」という項目だけで172ものコロケーションが並ぶ、圧巻の仕上がりとなりました。現在は2019年12月06日時点で、紙媒体での出版を目指し、まずは語彙力増強の参考書の刊行準備を進めています。一人の情熱から生まれたこの辞典は、既存の枠組みを超え、学習者に「引く楽しみ」を教えてくれる唯一無二の存在になるに違いありません。
私は、この物語に深く感銘を受けました。情報の鮮度が重視される現代において、30年という歳月をかけて「質」を追求する姿勢は、メディアに関わる者として背筋が伸びる思いです。効率化ばかりが叫ばれる世の中ですが、一人の人間が信念を貫いて作り上げたものには、AIや分業制では決して到達できない「魂」が宿ります。この辞典が、多くの英語学習者の手に渡る日が待ち遠しくてなりません。
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