1970年5月、入社7年目を迎えた28歳の澤部肇氏は、新設された社長室へと異動しました。技術系や事務系など多角的な部門から精鋭が集まった8名ほどのチームにおいて、澤部氏は最年少のメンバーとして配属されたのです。そこで待ち構えていたのが、室長である大歳寛氏による、文字通り「がむしゃら」な仕事の日々でした。
ある日のこと、大歳氏から「日曜日は暇だろう、うちに来て手伝え」と声がかかります。戸惑いつつも澤部氏が1970年代のある日曜日の朝9時に邸宅を訪れると、そこには既に書類を広げて仕事に没頭する上司の姿がありました。こうして、のちに澤部氏の血肉となる「大歳学校」とも呼べるマンツーマン指導の幕が上がったのです。
SNSでは「これぞ昭和の猛烈社員だが、今では得られない師弟関係が羨ましい」といった声や、「休日に自宅へ呼ぶ距離感に驚くが、それだけの熱量があった時代なのだろう」という驚きと羨望が入り混じった反応が見られます。この日曜出勤は場所を会社に移しながらも、実に2年もの長きにわたって継続されることになりました。
経営計画に潜む甘えを排し、数字で語るプロの規律
大歳氏の教えは、マネジメントの「いろは」を叩き込む徹底したものでした。特に事業計画において、目標を未達にすることはもちろん、大幅に上回ることも厳しく戒められたといいます。2割以上も上回る計画は「現場の目標設定が甘い証拠」であり、本社は現場の実態を正確に把握して、適切な計画を策定すべきであるという信念がありました。
ここで言う「マネジメント」とは、組織の目標を達成するために経営資源を効率的に活用し、管理・運営する手法を指します。大歳氏は、中期計画が未達だからといって安易に作り直すことを許しませんでした。質的な目標は維持したまま、達成時期を調整することで、数字に対する執念と責任感を求めたのです。
当時の澤部氏にとって、大歳氏の言葉はどれも刺激的でした。「会社は遠足ではない」という厳しい叱咤は、ビジネスの本質が結果にあることを示しています。SNS上でも「数字で語れ、という言葉の重みが現代のビジネスマンにも刺さる」と、その合理的な姿勢に共感する意見が多く寄せられています。
合理主義の果てに見つけた「心」という経営の真髄
しかし、大歳氏が単なる合理主義者でなかった点が、この教育の最も興味深い部分です。どれほど数字に厳しくとも、彼は常に「数字より大事なのは心や」と説いていました。合理主義とは、感情や伝統に惑わされず、論理的・効率的に物事を判断する考え方ですが、大歳氏はそれだけでは割り切れない経営の深淵に悩んでいたようです。
海外出張の際、現地のドラマを見て涙を流す大歳氏に、澤部氏が言葉が分かるのかと尋ねると、「心で分かるんや」と返ってきたといいます。淡路島出身で「あほ」という言葉を多用した大歳氏ですが、その言葉には深い慈愛と信頼が込められていました。相手を言い負かす正論は人を傷つけるから慎め、という教えもまた、人間心理への深い洞察から出たものでした。
私は、このエピソードこそが現代のリーダーシップに欠けている視点だと感じます。AIやデータ分析が進化する2019年12月10日現在のビジネス界においても、最終的に組織を動かすのは「人の心」に他なりません。どれほど優れた戦略も、実行する人間の熱意や誠実さがなければ、形骸化した数字の羅列に終わってしまうからです。
澤部氏は、期限内に課題をこなすだけでなく、さらに踏み込んだ提案を重ねることで、大歳氏との真剣勝負を楽しんでいました。制度や仕組みを活かせるかどうかは、結局のところ運用する人の「心次第」であるという結論は、令和へと続く時代においても、変わることのない不変の心理と言えるのではないでしょうか。
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