宮城・蕪栗沼に学ぶ「人も鳥も」共生する未来――マガンが舞う奇跡の里山とラムサール条約の知恵

かつて自然保護という言葉は、尾瀬ヶ原や広大なブナの原生林といった、人の手が全く及ばない秘境を守るための特権的な響きを持っていました。40年ほど前までの日本では、人里に近い雑木林などは単なる「開発待ちの土地」と見なされるのが一般的だったのです。当時の社会において、身近な自然を守ろうと声を上げても、多くの場合は冷ややかな視線を浴びるのが常でした。

しかし、現代の子供たちに同じ問いを投げかければ、きっと「ビオトープ(生物が自然な状態で生息できる空間)」を作ろうという前向きな答えが返ってくるでしょう。こうした意識の劇的な変化は、長年の地道な活動が実を結んだ結果といえます。SNS上でも「身近な生き物との距離感が変わった」という声が多く聞かれ、里山という存在への価値観は今、まさに180度転換しているのです。

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食害の対立を乗り越えた「対話」の力

マガンの越冬地として知られる宮城県北部の蕪栗(かぶくり)沼でも、約30年前には「人間と鳥、どちらの生活を優先すべきか」という深刻な対立がありました。当時は手押し式の機械で稲を刈り、杉の丸太に稲束を掛けて干す「穂仁王(ほんにょ)」という伝統的な光景が広がっていました。この巨大なミノムシのような稲束は、空腹のガンたちにとっては格好の御馳走だったのです。

農家の方々にとって、丹精込めて育てたコメが食べられる食害は死活問題です。私たちは「人も、鳥も」というスローガンを掲げ、旧田尻町や農家、市民団体と何度も膝を突き合わせて対話を重ねました。お互いの立場を尊重しながら、共通の目標を探し出す作業は困難を極めましたが、その粘り強い交流こそが、共生の仕組みを作り出す唯一の道だったと確信しています。

ラムサール条約登録と機械化がもたらした恩恵

こうした努力は2005年に大きな実を結びます。蕪栗沼と周辺の水田が、国際的に重要な湿地を守る「ラムサール条約」に登録されたのです。これに先立ち自治体が食害補償条例を制定したことで、農家の方々の不安も解消されていきました。興味深いことに、農業の機械化も鳥たちには追い風となりました。コンバインの普及により、不要な籾が田んぼに残るようになったからです。

2019年12月07日現在、かつて石を投げて鳥を追い払っていた農家さんの姿は消え、今では穏やかにマガンを見守る風景が当たり前となりました。技術の進歩は時に自然を壊しますが、知恵を絞れば共存のツールにもなり得るのです。この蕪栗沼の成功例は、対立を対話に変える勇気が、いかに豊かな景色を次世代に残せるかを私たちに教えてくれているのではないでしょうか。

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