2020年「東京五輪後」の日本が進むべき道とは?多様性と持続可能性が鍵を握る新時代の指針

2019年は令和への改元や消費税率の引き上げなど、日本社会にとって大きな転換点となる出来事が相次ぎました。そして迎えた2020年、人々の最大の関心事は言うまでもなく東京オリンピック・パラリンピックの開催でしょう。祭典を目前に控え、期待に胸を膨らませる一方で、大会が幕を閉じた後の景色がどのように変化していくのか、社会には漠然とした不安も漂っています。

近年の日本を振り返ると、客観的な根拠に乏しい「日本は素晴らしい」という言説がメディアやネット上を席巻してきました。五輪の開催は、こうしたナショナリスティック(国家主義的)な高揚感をさらに加速させてきた側面があります。しかし、熱狂の渦が過ぎ去った後、私たちはまるで長い夢から覚めたような感覚に包まれるのではないでしょうか。メダルの数に一喜一憂する時期を経て、真の日本の姿が問われることになります。

今夏の大会期間中、私たちは街中やメディアを通じて、かつてないほど多くの外国人と接することになります。これは、世界が異なる文化や宗教、習慣を持つ多様な人々で構成されているという、当たり前ながら忘れがちな事実を再認識する貴重な機会です。また、パラリンピアンの躍動する姿は、日常の中で障害者と接する機会が少ない人々に対し、計り知れない刺激や新たな気づきを与えてくれるに違いありません。

ネット上の反応を見ても「五輪を機に日本が内向きな姿勢を脱却してほしい」といった、共生社会への期待を寄せる声が多く上がっています。自分たちだけが特別だと思い込む「夜郎自大(やろうじだい)」、つまり自分の力量を知らずに威張っている状態では、国際社会から幼い集団だと見なされ、相手にされなくなる恐れがあります。世界が多様な個人の集まりであると肌で感じることが、成熟した国家への第一歩となるでしょう。

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「祭りの後」に待ち受ける現実と企業の使命

五輪後の経済停滞、いわゆる「ポスト五輪不況」を危惧する声は根強く存在します。しかし、一時的な浮かれ気分によって支えられる成長ほど危ういものはありません。むしろ祭典が終わって正気に戻る2020年後半こそ、高齢化社会の進展や格差の拡大、近隣諸国の台頭といった山積する課題に対し、地に足をつけて取り組むべき好機だと捉えるべきです。今こそ、虚飾を排した実直な国づくりが求められています。

2013年に東京五輪の開催が決定して以来、多くの日本企業は2020年を目標年度に掲げ、経営改革やパーパス(企業の存在意義)の定義に注力してきました。目標があったからこそ組織の方向性を維持できた側面は否認できません。しかし、デジタル革命によって瞬時にビジネスのルールが塗り替えられる現代において、従来のような5年単位の固定的な時間軸で未来を予測することは、極めて困難になりつつあります。

次なる指標として、2025年の大阪万博や、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)のターゲットである2030年が意識されています。SDGsとは、環境保護や貧困撲滅など、地球全体で持続可能な社会を作るための国際目標です。筆者としては、単なるイベントの成功を追うのではなく、こうした長期的な視点を持って再生可能エネルギーの推進や格差是正に本腰を入れるべきだと確信しています。

2020年1月3日現在、私たちは時代の分岐点に立っています。五輪という大きな祭典を、単なる消費イベントで終わらせるのか、それとも多様性を認め合い、持続可能な社会へと舵を切るレガシー(遺産)にするのか。それは、私たち一人ひとりが「日本すごい」という幻想から脱却し、目の前の現実と誠実に向き合えるかどうかにかかっています。謙虚に学び続ける姿勢こそが、停滞を打ち破る最大の原動力となるはずです。

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