世界の物流を支える「海」の世界がいま、100年に一度とも言われる大きな転換点を迎えています。2019年12月10日現在、外航船の燃料として長年主役を務めてきた「高硫黄重油」の価格が、アジア市場で衝撃的な下落を見せています。かつての主役が、わずか半年でその価値を4割も目減りさせてしまったのです。
アジアの石油取引の拠点であるシンガポール市場では、直近のスポット価格が1トン230ドル前後まで急落し、約3年4カ月ぶりの安値水準を記録しました。SNS上でも「燃料安で海運株に影響が出るのでは?」「環境規制の影響がこれほど極端に出るとは」といった驚きの声が広がっており、業界関係者だけでなく投資家からも熱い視線が注がれています。
大気汚染を防ぐ「SOx規制」がもたらした市場の激変
この異例ともいえる暴落の背景には、国際海事機関(IMO)が2020年1月1日から開始する環境規制の強化があります。これは「SOx規制」と呼ばれ、船舶燃料に含まれる硫黄分の排出を抑えるためのルールです。具体的には、燃料中の硫黄分上限をこれまでの3.5%から0.5%以下へと、一気に7分の1まで引き下げるという非常に厳しい内容です。
硫黄酸化物(SOx)とは、石油などの燃焼によって発生する大気汚染物質で、酸性雨や呼吸器疾患の原因となります。地球規模での環境保護が叫ばれる中、海運業界も「脱硫黄」の決断を迫られた形です。この期限が目前に迫った2019年9月ごろから、多くの船会社が規制をクリアした「適合油」への切り替えを加速させたため、旧来の燃料は行き場を失いました。
今回の価格下落がいかに異常かは、原油価格との比較で見れば明らかです。重油は原油を精製する過程で最後に残る「残りかす」のような存在で、通常は原油より安く取引されます。しかし、足元ではドバイ原油に対して210ドルも安いという異例の逆ザヤ状態です。過去10年の格差が50〜100ドル程度だったことを考えると、市場がいかにパニックに近い状態にあるかが伺えます。
勝ち組と負け組を分ける「スクラバー」の存在
もちろん、すべての船が高硫黄重油を諦めたわけではありません。「スクラバー」と呼ばれる排ガス洗浄装置を設置すれば、2020年1月1日以降も安価な従来燃料を使い続けることが認められます。しかし、この装置の設置には1隻あたり5億〜7億円という巨額の投資が必要です。資金力のある大手船会社は既に長期契約で燃料を確保していますが、それ以外の需要は激減しています。
私は、今回の価格変動は単なる需給のズレではなく、海運業が「環境コスト」を真に負担し始めた象徴だと考えています。安価な燃料でコストを抑える時代は終わり、環境負荷の低い「適合油」が主流となります。その適合油の価格は、高硫黄重油の2倍以上となる1トン520ドル前後で推移しており、今後はこのコスト増をどう運賃に転嫁するかが、企業の存亡を分けるでしょう。
シンガポール海事港湾庁のデータでは、かつて市場を独占していた高硫黄燃料のシェアは、2019年10月時点で既に7割強まで低下しました。年明けに向けてこの流れは決定的となるでしょう。私たち消費者の元に届く商品の価格にも影響しかねないこの「燃料革命」の行方から、2020年以降もしばらく目が離せそうにありません。
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