ビール市場全体の縮小が叫ばれる昨今、キリンビールが異例の快進撃を続けています。2020年01月06日、布施孝之社長が熱く語った戦略は、これまでの業界の常識を覆すものでした。なんと2019年は主要なノンアルコール飲料を除き、ビール類の新商品を一切発売していません。目先の数字を追いかける派生商品の乱発を廃止し、既存ブランドの磨き上げに注力した結果、首位のアサヒビールを猛追する原動力を生み出しました。
この大胆な戦略を牽引するのが、大ヒットを記録している第三のビール「本麒麟」です。他社が対抗商品を次々と投入して包囲網を築くなか、キリンはリニューアルによる品質向上だけで真っ向から勝負を挑みました。インターネット上では「赤い缶を見るとつい買ってしまう」「新商品が出なくても、本麒麟の味が変わらず美味しいから浮気する理由がない」といった絶賛の声が溢れており、引き算のマーケティングが見事に消費者の心を掴んでいる様子がうかがえます。
顧客第一主義への原点回帰と現場が主役の組織改革
布施社長は、過去の自社を「ゆでがえるのように長期的な負け戦の中にいた」と厳しく振り返ります。以前は会社側の都合や目先の数字稼ぎが優先され、ブランド戦略の一貫性が失われていたとのことです。こうした危機感を全社で共有し、徹底的な対話を重ねたことで、組織の風土は劇的に変化しました。メーカー目線のこだわりを押し付けるのではなく、お客様が本当に求めている価値を追求する「顧客起点」へと原点回帰を果たしたのです。
具体的な取り組みとして、テレビコマーシャルの放映前にお客様の表情を分析し、笑顔のスコアなどが一定の基準に達しなければ放映しないという徹底ぶりです。さらに、模擬の売り場を作って購入動気を細かく確認する手法も導入されました。ライバル企業との比較ばかりに目を奪われるのではなく、目の前のお客様が何を望んでいるのかに全神経を集中させる体制へと、本社と現場が一体となって変革を遂げています。
酒税改正を見据えたブランド淘汰の時代を生き抜く覚悟
2020年10月には、酒税改正の第1弾が予定されています。これはこれまでビール、発泡酒、新ジャンル(第三のビール)で異なっていた税率を、2026年に向けて段階的に一本化していく国の制度改革です。この税率変更により、安さが魅力だった第三のビールは値上げを余儀なくされます。布施社長は、将来的に数多くのブランドが市場から淘汰される未来を確信しており、だからこそ今から10年後も生き残る強いブランドの育成に投資しているのです。
「季節限定の商品で一時的に注目を集めるような奇策は、二度とやらない」と社長は断言します。かつて限定商品をばらまいて鮮度を落とした反省を生かし、主力商品の価値を高める改良勝負にこだわっています。これに対してSNSでは、「ビール類の税金が変わっても、本当に美味しいお酒なら多少高くても買い続ける」「10年後を見据えたブレない姿勢は、一人のファンとして非常に信頼できる」と、その経営姿勢を応援する声が多数寄せられていました。
ビールのワクワク感を地方とともに創り出すクラフトビールの未来
キリンビールが次なる成長の柱として注力しているのが、クラフトビール事業です。小規模な醸造所で作られる多様で個性的なビールを普及させるため、1つの設備で4種類の味わいを楽しめる専用サーバー「タップマルシェ」の導入を進めています。すでに全国で1万3千店に達しており、提携する全国の醸造会社とともに26種類ものブランドを展開して、早期の黒字化も視野に入れている状況です。
特筆すべきは、キリンが競合他社を排除するのではなく、地方のクラフトブルワリーと手を取り合う共生の道を選んだ点でしょう。ビールの魂とも言えるホップについて、キリンは国産の約7割を購入し、それを地域の醸造所へ外販することで地域活性化にも貢献しています。若者のビール離れが進むなか、単なる価格競争ではなく「ビールってこんなにワクワクするものなんだ」という本質的な魅力を業界全体で伝えようとしています。
編集者の視点:本質を見失わない「絞り込み」が激動の時代を制する
競合のアサヒビールが2020年から販売数量の公表を取りやめるなど、業界全体が激動の渦中にあります。その中にあって、キリンビールが示す「ブランドを絞り込む」という戦略は、現代のあらゆるビジネスに通じる最高の教訓だと私は確信しています。新商品を乱発して消費者を惑わせるのではなく、愛される定番を徹底的に磨き上げる姿勢こそが、結果として顧客との深い信頼関係を生み出すのではないでしょうか。
2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」になぞらえ、「今年はキリンが来る年にしたい」と語った布施社長ですが、その改革はまだ5合目だと言います。自発的に行動する現場の強さと、ブレないトップの意志が噛み合った今のキリンには、王座奪還への確かな足音が響いています。酒税改正という荒波を乗り越え、私たちの食卓にどんなワクワクを届けてくれるのか、これからの同社の動向から目が離せません。
コメント