大ヒット商品は「おから」から生まれた!不二製油・清水洋史社長が明かす、どん底の管理職時代を救った大逆転の新規事業とは?

大手食品素材メーカーである不二製油グループ本社で社長を務める清水洋史氏は、1989年にたんぱく事業本部企画室の課長へ就任しました。12年間歩んだ油脂の営業畑から離れ、初めて管理職になった清水氏を待っていたのは、畑違いの部署での孤独な日々でした。

年上の部下や熱意の薄いチームを前に、思うように指示が出せない清水氏は、マネジメントの難しさに頭を悩ませる日々を送っていたそうです。当時のSNSでも「ベテラン部下との距離感は永遠の課題」「不器用な上司の姿に共感する」といった声が多く上がっています。

スポンサーリンク

お荷物だった「おから」を救え!運命を変えた新素材との出会い

悶々とした日々を過ごしていた清水氏に、大きな転機が訪れます。後輩の技術者が、大豆から豆乳を搾った後に残る副産物、つまり「おから」から水溶性の食物繊維を抽出する画期的な技術を発見したのです。当時、おからは廃棄コストがかかる厄介な存在でした。

製造コストを下げるためにも、このおからを価値ある商品として高く売る必要があったのです。営業経験を買われた清水氏は、上司から直々にこの新規事業の担当を命じられました。ここから、清水氏の情熱的な挑戦のドラマが幕を開けることになります。

画材メーカーでの失敗から学んだ、本当の「顧客価値」

意気揚々と営業へ出向いたものの、未知の新素材は簡単には売れませんでした。清水氏は、絵の具などの色を均一に混ぜるための「分散剤」として使えないかと目をつけ、画材メーカーに試作を依頼します。分散剤とは、液体中の粒子をダマなく分散させる専門的な成分です。

しかし、倉庫に保管した試作絵の具がすべてゴキブリに食べ尽くされるという、大失敗を経験してしまいます。原料がおからですから、虫が集まるのは当然でした。清水氏はこの苦い経験から、顧客が本当に求める価値を見極める重要性を学んだと振り返ります。

酸性乳飲料の常識を覆した「水溶性大豆多糖類」の誕生

4年もの間、全く売れない暗黒の時代が続きましたが、救世主は食品添加物メーカーでした。サンプルを渡して研究を依頼したところ、牛乳に柑橘類の果汁を混ぜても分離して固まらないという、驚きの現象が確認されたのです。これがブレイクスルーとなりました。

この発見は、乳酸菌飲料が時間が経ってもドロドロと沈殿するのを防ぐ「安定剤」としての採用に繋がります。これこそが、現在の同社を支える中核素材「水溶性大豆多糖類」です。ネット上では「あのサラサラした飲むヨーグルトはおからのおかげだったのか」と驚きの声が広がっています。

編集部が紐解く:逆境を乗り越えるビジネスの本質

売れない時期には、周囲から人が離れていく孤独も味わったという清水氏ですが、実績を上げれば必ず人は戻ってくると確信したそうです。このエピソードは、流行に流されず、本質的な価値を追求し続けることの大切さを私たちに教えてくれているのではないでしょうか。

1990年代は、洋食化の波に乗りパーム油などの植物油脂の需要が急拡大した激動の時代でした。そんな市場の転換期において、お荷物とされた「おから」に命を吹き込み、世界的なヒット商品へと育て上げた清水氏の執念と営業力には、深い感銘を受けずにはいられません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました