【就職氷河期からの逆転劇】船上ウエーターから年商不屈の起業家へ!フィリピン語学留学でアジアを制した高橋吉昭氏の熱い挑戦

高校生の頃に訪れたシンガポールでの衝撃が、一人の若者の運命を大きく変えました。東南アジア3カ国で日本人向けの語学スクール「ブリリアントグループ」を展開する高橋吉昭氏の原点は、まさにこの原体験にあります。繁華街ですれ違う多様な人々と、ホテルのベルボーイが気さくに英語で話しかけてくる光景に心奪われた彼は、海外への強い憧れを抱くようになりました。一度きりの人生、世界を舞台に挑戦してみたいと願う気持ちは、多くの若者にとって共感を呼ぶ素晴らしい出発点だと言えるでしょう。

ホテル専門学校を経て米国のシアトルへ留学した高橋氏は、卒業後に米クルーズ船大手のロイヤル・カビリアン・インターナショナル社へ入社します。乗客3000人を誇る豪華客船のウエーターとして働き始めますが、そこは日本人がほとんどいない完全な異世界でした。過酷な環境の中で胸ポケットにメモを忍ばせ、必死に英語を暗記する日々が始まります。このリアルな奮闘劇には、SNS上でも「圧倒的な環境に身を置くことこそが最大の成長に繋がる」「そのハングリー精神を見習いたい」と称賛の声が相次いでいます。

チップをもらうために必死で磨いた営業力と英語力でしたが、過酷な労働環境から1年で帰国を余儀なくされました。当時の日本はバブル崩壊後の就職氷河期であり、1年で退職した経歴は厳しく評価されてしまいます。時給650円のバーテンダーという苦境から一念発起し、彼が飛び込んだのは外国為替証拠金(FX)取引会社でした。FXとは、少ない元手で大きな外貨を動かす金融取引のことです。船上で培った度胸と卓越した会話力を武器に、彼はここで驚異的な営業成績を残し、その後の不動産会社でも管理職へと出世を果たします。

しかし、リスクを伴う投資商品を売る中で「顧客を本当に幸せにできているのか」という葛藤が生まれます。自らの良心に誠実でありたいというビジネスパーソンとしての苦悩は、非常に人間らしく深く胸を打ちます。そんな折、フィリピン人の妻を持つ先輩から「多くの韓国人がフィリピンへ英語を学びに行っている」という有力な情報を耳にしました。欧米に比べて圧倒的に格安な費用で行けるフィリピン留学なら、自信を持って顧客に勧められると確信した彼は、大きな一歩を踏み出す決意を固めたのです。

2011年に名古屋で起業し、2013年にはフィリピンのセブ島に短期留学向けのスクールを開校しました。しかし、同年にフィリピンを襲った巨大地震と超大型台風の被害により、留学希望者は激減してしまいます。会社をたたむ一歩手前まで追い詰められたものの、高橋氏は決して諦めませんでした。ピンチをチャンスに変える不屈の精神こそが、起業家にとって最も重要な資質ではないでしょうか。SNSでも「この諦めない姿勢があるからこそ成功を引き寄せたのだ」と、多くの社会人が勇気をもらっています。

苦境を乗り越えた2014年、日本人向けに徹底してこだわった高品質な施設が、社会人の留学ニーズと見事にマッチしました。30人の定員は常に満席となり、その後はベトナムやインドネシアへと進出を果たして社員100人を超える企業へと急成長を遂げます。「人生の設計図なんてつくれない」と語る高橋氏の言葉通り、一見すると回り道に思えるウエーターや営業の経験が、すべて現在の成功へと繋がっています。キャリアに悩むすべての人に、未来を開く希望を届けてくれる見事なサクセスストーリーです。

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