日常の何気ない一コマを三十一文字に切り取る短歌が、今SNSを中心に大きな注目を集めています。2020年2月15日の朝日歌壇では、選者の三枝タカ之氏が選び抜いた珠玉の作品たちが、多くの読者の心を震わせているのです。特に菱沼真紀子さんの「既読なら息子は元気でいるだろうさてさて老母はビールを飲もう」という一首は、現代の家族の距離感を絶妙に表現しています。メッセージを送っても返信をしない息子に対して、既読がついただけで安否を確認し、ひとまず納得してビールを煽る母親の姿が描かれているのです。
このユーモアと切なさが入り混じったリアルな「母心」に対して、ネット上では「うちの息子のことかと思った」「切ないけれど、たくましいお母さんに乾杯したい」といった共感のコメントが相次いでいます。言葉を無理に求めず、「さてさて」と自分の時間を楽しむ姿勢には、現代を軽やかに生きるヒントが隠されているのではないでしょうか。筆者としても、連絡がないことを責めるのではなく、健気に日常へと切り替える心の余裕に見習うべき点が多いと感じます。家族の絆は、時にこれくらい緩やかで温かいものが理想的です。
また、望月和子さんの作品では、年齢を重ねる中で「ヨイショ」「こらしょどっこい」と言いながら動き出す身体の不自由さを、冬空の高さと対比させて見事に表現しています。このテンポの良いリズミカルなフレーズは、老いをネガティブに捉えず、前向きに受け入れる人間の強さを感じさせます。身体が思うように動かなくても、心はどこまでも高く広がっているような爽快感があるでしょう。このような日常のふとした瞬間に、私たちは自分自身の生き方を投影し、深く励まされるものなのです。
地球環境への祈りと、忘れられない存在への挽歌
短歌が持つ力は、個人の生活だけに留まりません。岡本文子さんの歌は、世界中で戦乱や飢餓に苦しむ人々を忘れないという強い決意を、心の中の黙契(もくけい)、すなわち言葉にせずとも交わした聖なる約束として詠み上げています。これは人道支援に尽力された故・中村哲氏への「挽歌(ばんか)」、つまり亡くなった人を悼む歌でもあるのです。氏が命を懸けて向き合った困難と同じ視線に立ち、自分もその意志を引き継ぐという誓いの表現には、胸を打つ厳かさと深いリスペクトが満ち溢れているでしょう。
さらに、菊山正史さんの作品は、地球温暖化という壮大な問題に対して、あえて「2キロの路を徒歩で買い物に行く」という等身大の行動で立ち向かう姿を描いています。自らのささやかな努力を「老いの一石」と表現する謙虚さが、多くの人々の共感を誘うのです。私たちは大きな課題を前にすると、自分一人の無力さに絶望しがちですが、こうした身の丈に合った一歩こそが未来を変える原動力になります。筆者も、一人ひとりの小さくて具体的な選択が、持続可能な社会を作る礎になると確信しています。
他にも、一度も訪れたことがない「三筋二丁目」という地名の響きに惹かれる高橋好美さんの歌のように、私たちが普段見落としがちな景色にも、素晴らしい発見が隠されています。焦りの中で心のネジが緩む感覚や、冬の欅(けやき)が身一つで黒々と立つ圧倒的な佇まいなど、どの短歌も今を生きる人々の感情に寄り添うものばかりです。皆さんも一度立ち止まり、日々の生活にある小さな感動を言葉に紡いでみてはいかがでしょうか。きっと、いつもの風景がより愛おしく輝き始めるはずです。
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