米国の巨大IT企業である**フェイスブック(Facebook)**が、2020年の開始を目指してデジタル通貨「リブラ(Libra)」の構想を発表しました。このニュースは、世界の金融業界に激震をもたらしています。同社は世界に約27億人もの潜在的なユーザー基盤と、莫大な個人データという圧倒的な資産を抱えており、その金融分野への参入は、これまでの決済・送金システムに大きな革新をもたらす可能性を秘めているでしょう。
しかし、その巨大さゆえに、リブラは金融システムそのものを揺るがしかねない危険性もはらんでいます。特に、ユーザーの個人情報保護が徹底されるのかという懸念や、金融の安定性に対するリスクが、各国当局の最大の警戒点となっているのです。この未曾有の事態に対し、世界中の金融当局はリスクを封じ込めるための、新しい**ルールメイキング(規制作り)**へと動き出しました。
この状況は、2019年6月29日に大阪で開催された20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を前に、一気に緊迫感を増しました。金融システムの安定を担う国際機関、金融安定理事会(FSB)の議長であるランドール・クオールズ氏は、各国首脳へ書簡を送り、リブラのような「小口決済に幅広く使われる新たなデジタル通貨」に対して、厳密な審査と高水準の規制を適用すべきだと強く求めているのです。FSBは、2008年のリーマン・ショックを教訓に、金融危機を未然に防ぐために2009年4月に設立された、いわば「金融システムの番人」と言える存在です。
また、主要7カ国(G7)の議長国であるフランスも、リブラの普及が引き起こすであろう問題を多角的に分析するため、専門の作業部会の設立を決定しました。当局の監視の目が行き届かないまま国境を越える資金移動が横行すれば、それはマネーロンダリング(資金洗浄)、すなわち犯罪による収益を正当なものに見せかける行為の温床になりかねません。主要国は連携し、デジタル通貨に対する最適な規制のあり方を模索している状況です。
当局が警戒するのは資金洗浄対策だけではありません。フェイスブックの27億人という巨大なユーザー数を背景に、リブラが瞬く間に普及すれば、それは「たちまち金融システム上のリスクへと変貌する」と、イングランド銀行(英中央銀行)のマーク・カーニー総裁は警鐘を鳴らしています。もし、何らかの理由でリブラの信頼が失墜し、ユーザーが一斉に換金売りに走るような事態になれば、既存の金融システムに計り知れない過大な負荷がかかる可能性も否定できないでしょう。
その一方で、広範囲の顧客を持つ巨大IT企業と金融サービスは、非常に高い親和性を持っているのも事実です。IT企業が持つ膨大なデータを活用すれば、個人の信用力を的確に分析でき、従来の金融機関よりも低コストで、かつ迅速にサービスを提供できるようになるかもしれません。特に、これまで銀行口座を持てなかった発展途上国の人々や中小企業を金融サービスへと取り込む、**金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)**という観点では大きなメリットが見込めます。
シンガポール金融通貨庁(MAS)のラビ・メノン長官は、リブラが「アジアのアンバンクト(銀行口座を持たない人々)に対して、安価な送金手段を提供する可能性がある」と、その利点を評価しつつも、必要な規制の検討を進めていく方針です。しかしながら、便利なサービスは常にリスクと表裏一体です。過去に個人情報流出問題などを起こしているフェイスブックが、リブラの運用において、機密性の高いデータを保護しきれるかについては、多くの専門家から疑問の声が上がっています。
さらに、リブラの利用が拡大することで、顧客基盤やデータ収集において、フェイスブックが寡占状態をさらに強めることにつながりかねません。米ドルなどの既存の法定通貨を裏付けとして設計されているリブラは、特に経済基盤が不安定な一部の新興国では、その国の法定通貨以上に信用力を得てしまう可能性すらあります。自らの経済圏、いわゆる「リブラ経済圏」の構築を目指して動き出した巨大IT企業を、各国の規制の枠組みで適切に統制できるのか。デジタル通貨は、ITの巨人たちと金融当局の、新たな主戦場となりつつあると言えるでしょう。
各国当局がリブラに突きつける「最高レベルの規制」
リブラを巡る国際的な警戒感は高まる一方です。国際決済銀行(BIS)は、巨大IT企業が金融サービスに参入すること自体に警鐘を鳴らしていますし、前述の英中央銀行のカーニー総裁は「最高レベルの規制」の必要性を訴えています。また、日本の金融庁も、リブラが日本の法律上の「仮想通貨」にあたらない可能性に言及しつつも、その形態に応じて資金移動業者や銀行業としての登録・免許が必要となるかを厳しく検討している状況です。フェイスブック側が、各国の厳格な規制をクリアし、リブラの信頼性をどのように担保していくのかが、今後の最大の焦点となるでしょう。
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