労働災害(労災)を一件でも少なくするため、現在、企業による仮想現実(VR)を活用した安全教育への取り組みが急速に広がっています。VRとは、専用のゴーグルなどを装着することで、まるでその場にいるかのような体験を可能にする技術のことです。製造業や建設業といった現場で発生し得る感電や転落事故、さらには事故には至らなくともヒヤリとする「ヒヤリ・ハット」事例などを、安全な環境でリアルに疑似体験し、危険回避の学習効果を飛躍的に高めることが期待されています。
このVR技術の導入は、言語の壁を超えて安全上の注意点を視覚的に、かつ具体的に伝えられるため、近年増加している外国人労働者への教育ツールとしても非常に有効であると注目を集めているのです。
例えば、京都市にある電力機器メーカーの日新電機では、2019年からVR機器を使った体験型研修を下請け企業を含む現場作業員向けに導入し、年間約200名の利用を見込んでいます。点検担当の社員が専用ゴーグルと手袋を身につけ仮想工場での作業を行うと、分電盤の解体中に「バチッ」という音とともに火花が散り、手袋に微量の電気が走る感電の疑似体験をしました。これは、本来であれば検電器で電源が切れているか確認すべきところを、同僚の誤った情報により確認を怠ったという設定です。
体験した法貴幸次さん(45)は、「経験の少ない社員でも事故のイメージが鮮明に湧き、ミス防止に効果がある」と語っておられました。同社の担当者も、従来の座学形式の安全教育とVRを組み合わせることで、作業者の危険察知能力を高め、最終的な事故ゼロを目指したいと強く意気込んでいらっしゃいます。
VR安全教育の導入事例と社会の反応
労災防止に向けてVR研修を取り入れる企業は増加の一途を辿っています。研修用のVRソフト開発を手掛ける三徳商事(大阪市)によれば、2019年3月時点で、製造業や建設業など約110社もの企業が既に導入している状況です。実際の作業環境により近い形でのVR研修を取り入れる動きも見られます。東急建設では、2017年12月に現場作業員向けに自社開発したソフトを導入しました。
この研修では、体験者が仮想の建設現場を歩き、足場の板のズレや落下防止用のネットの剥がれといった危険箇所を見つけて是正するというものです。もし危険を見過ごして進んでしまうと、墜落事故を体験し、最初からやり直しになってしまいます。過去の事故を分析し、事故が起きやすい状況を再現するため、開発にはゲーム制作会社も協力しているという点は大変興味深いですね。
2019年2月末までに現場監督の社員や下請け企業の作業員ら約300人が体験を終えており、今後も活用を促進していく方針です。このようなリアルな体感型教育は、事故原因や回避行動を受講者自身に深く考えさせるきっかけを与え、座学だけでは得られない学びを提供してくれるでしょう。
特に、食品会社やプラントエンジニアリング会社などが、言葉の壁から口頭では伝わりにくい危険を、視覚的に学ばせる目的で外国人労働者らを対象にVR研修を取り入れている点は、喫緊の課題である労働現場の国際化に対応する画期的な手段と言えます。SNSでも「これなら言葉が分からなくても危険がわかる」「外国人技能実習生にも必須の教育になりそう」といった、VR技術の言語バリアフリー性に着目した好意的な反響が多く見受けられます。
もちろん、VRで危険を疑似体験するだけでは不十分であり、関西大学の中村隆宏教授(ヒューマンエラー論)が指摘するように、受講者が具体的な事故原因や防止策を考えられるよう、研修メニューの工夫は欠かせません。しかし、VRが提供する強烈な「体感」は、安全意識の定着という点で大きな一歩となることは間違いないでしょう。安全第一の職場環境を実現するため、VRは欠かせないツールへと進化していくのではないでしょうか。
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