中国のIT産業における勢力図が、今まさに劇的な変貌を遂げようとしています。これまで北京や上海といった沿岸部の巨大都市が独占してきたハイテク産業の主役の座に、四川省成都や湖北省武漢といった「内陸都市」が猛烈な勢いで躍り出ているのです。2019年07月10日現在、これらの都市では既存の枠組みにとらわれないスタートアップ企業が次々と誕生し、中国経済に新しい風を吹き込んでいます。
SNS上では「内陸部の方が生活の質が高く、クリエイティブな仕事に向いている」「もはや北京で消耗する時代ではない」といった現地の若者たちの声が目立っています。かつての「地方都市」というイメージは完全に過去のものとなり、成都はゲーム制作の、武漢は動画配信アプリの聖地として、世界中の投資家から熱視線を浴びる存在へと進化を遂げました。この内陸シフトの裏側には、合理的な経営判断と文化的な背景が隠されています。
成都が「ゲームの都」へ進化した理由とeスポーツへの野心
三国志の舞台としても名高い古都・成都が、今や「ゲーム産業で最も発展した街」として君臨しています。その象徴とも言えるのが、2014年に設立された成都有明堂互動科技です。同社がテンセント向けに制作したバスケットボールゲーム「街頭籃球」は、爆発的なヒットを記録しました。王剣董事長は、2019年07月10日時点の取材に対し、次作では「eスポーツ」の大会に採用されるような競技性の高い作品を目指すと意欲を見せています。
ここで注目すべきは、成都特有の「のんびりした生活を楽しむ風習」です。現地の業界団体によれば、あくせく働く沿岸部の人々に比べ、成都の人々は娯楽を愛する気質が強く、それがクリエイティブな発想を支えているといいます。こうした土壌から、中国で社会現象となった「王者栄耀」のようなモンスタータイトルも生まれました。今や300社を超える制作会社が集結しており、下請けから自社開発まで一気通貫で行えるエコシステムが構築されています。
私は、この成都の躍進こそが、IT産業における「ワークライフバランス」の重要性を証明していると感じます。殺伐とした高層ビル群よりも、歴史と潤いのある街並みの方が、人々の心を動かすエンターテインメントを生み出すには適しているのでしょう。単なる効率化だけでなく、心のゆとりがヒット作を生む源泉になっている点は、日本の地方創生においても大いに参考にすべきモデルケースだと言えるはずです。
武漢の熱狂を支える「動画アプリ」とユニコーン企業の誕生
一方、湖北省の武漢では「動画配信」という新たな文化が花開いています。2019年06月14日から16日にかけて開催された野外イベントでは、動画アプリ「闘魚(ドウユ)」の人気配信者1500人が集結し、スタジアムを熱狂の渦に巻き込みました。闘魚は、企業価値が10億ドルを超える未上場企業、いわゆる「ユニコーン企業」として知られ、現在はアメリカでの株式公開(IPO)を目前に控えるほどの急成長を遂げています。
ここで言う「ユニコーン」とは、伝説の生き物に例えられるほど希少で、将来性が極めて高い有望株を指します。武漢の若者たちは、闘魚の成功に大きな刺激を受け、漫画制作や教育IT分野で次々と起業しています。もともと武漢は、中国でトップクラスの大学数を誇る「学生の街」でもあります。北京に次ぐ84校もの大学が集まるこの地では、高度な技術を持つハイテク人材が毎年途切れることなく輩出されているのです。
専門的な視点で見れば、武漢の強みは「人材の定着率」にあります。ジェトロの分析によれば、武漢で学んだ優秀な学生は、そのまま地元で就職する傾向が強いといいます。沿岸部への人材流出を食い止め、自らの街でイノベーションを起こすサイクルが出来上がっている点は、都市戦略として非常に優秀です。若者のエネルギーがダイレクトに産業の勢いへと変換される武漢の姿は、まさに活気あふれる中国経済の縮図と言えるでしょう。
圧倒的なコスト優位性と地方政府の強力なバックアップ
内陸都市が選ばれる最大の武器は、何と言っても「圧倒的な低コスト」にあります。業界関係者の証言によれば、上海などの大都市と比較して、オフィスの賃料は半分程度、平均月収も7割ほどに抑えられるといいます。経営者にとって、固定費を抑えつつ優秀な人材を確保できる環境は、まさに理想郷です。北京などの大都市が飽和状態にある中で、投資家たちも「次なる宝の山」を求めて地方都市へと資金を振り向け始めています。
さらに、中国の中央政府と地方政府が一体となってスタートアップ育成を支援している点も見逃せません。税制優遇やインフラ整備など、国を挙げた「内陸振興」の意志が、成都や武漢の背中を強力に押し上げているのです。単なるコスト安だけでなく、大学の研究機関との連携という「知の拠点」としての素地があったからこそ、これらの都市は他の地方都市を一歩リードし、ITの集積地として開花することができたのでしょう。
IT産業が物理的な場所の制約を越え、より豊かな環境や効率的なコストを求めて移動するのは必然の流れです。2019年07月10日現在、私たちが目にしているのは、中国が「世界の工場」から「世界のクリエイティブセンター」へと脱皮する過程での重要な転換点なのかもしれません。内陸部から生まれる新しいアプリやゲームが、近い将来、私たちのスマートフォンの主役になる日はそう遠くないことでしょう。
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