2019年07月22日、中国の保守派を象徴する重要人物がこの世を去りました。かつて天安門事件で強硬な弾圧を主導した李鵬元首相が、北京にて90歳で生涯を閉じたのです。彼は周恩来元首相の養子として育ち、革命家の子弟を指す「太子党」の草分け的存在として、党の頂点まで上り詰めました。
今回の訃報を受け、SNS上では「ひとつの時代が終わった」という声と共に、当時の民主化運動を知る世代からは複雑な感情が溢れています。特に、学生たちに対して戒厳令を敷いた決断については、今なお議論が絶えません。彼が歩んだ道のりは、まさに中国共産党における「特権階級」の歴史そのものと言えるでしょう。
そもそも「太子党」とは、共産党の高級幹部の子弟たちが形成するエリート層を指す言葉です。李氏の父は革命の英雄であり、その縁から最高幹部の庇護を受けて育ちました。こうした強固なコネクションと血筋が、彼の政治キャリアにおいて決定的な役割を果たした事実は、現在の中国が抱える世襲問題を象徴しています。
電力王国を築いた一族の光と影
李氏は技術者としての背景を持ち、特に電力分野で絶大な影響力を誇りました。首相就任後も、世界最大級の水力発電ダムである「三峡ダム」の建設を強力に推進したことは有名です。しかし、その裏側では彼の子どもたちが電力業界の要職を独占し、一族で利権を握る構図が作られていきました。
長男の李小鵬氏は国有電力大手のトップを経て政界へ転身し、長女の李小琳氏は派手なファッションでメディアを賑わせながら電力業界に君臨しました。こうした一族の蓄財疑惑は、国際的なタックスヘイブン利用を暴いた「パナマ文書」でも取り沙汰されており、国民の間には根強い不信感が渦巻いています。
習近平国家主席が掲げる「反腐敗運動」においても、李鵬一族の動向は常に注目の的でした。しかし、習氏自身もまた「太子党」の一員であることを忘れてはなりません。私自身の見解としては、身内から出たエリート層が支配するこの構造を打破することは、極めて困難ではないかと感じています。
李氏は晩年、膨大な日記をもとに自叙伝を出版し、自らの正当性を主張し続けました。2002年に全人代委員長として来日した際も、日中関係の維持に努める一方で、揺るぎない保守派としての姿勢を崩しませんでした。彼の死は、現代中国が「世襲という呪縛」をどう乗り越えるかを改めて問いかけています。
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