2019年08月16日現在、日本の上場企業において「コーポレートガバナンス(企業統治)」の改革が急速に進んでいます。企業統治とは、会社が株主などのステークホルダーのために、不祥事を防ぎつつ透明性の高い経営を行うための仕組みを指します。その中核を担うのが「社外取締役」であり、今や9割を超える企業が複数の社外取締役を導入する時代となりました。しかし、この制度が形骸化していないか、今一度問い直す必要があるでしょう。
かつて、企業のトップが社外の視線に震え、真剣に経営と向き合っていた時代がありました。経済史の視点から紐解くと、戦前の社外取締役は経営者にとって非常に「怖い」存在だったといいます。後に東芝の社長も務めた石坂泰三氏が残した言葉によれば、当時の重役会はまるで学生が試験を受けるような緊張感に包まれていたそうです。経営陣は徹底的に準備を行い、社外の実力者たちが揃う取締役会の判断を仰ぎながら、経営の舵取りを行っていました。
戦前の緊張感と現代の「お友達人事」の差
当時の第一生命などの取締役会を振り返ると、会長や社長以外はすべて社外取締役で構成されていたというから驚きです。並んでいたのは、多額の出資を行っている有力者や、他社でも手腕を振るう経済界の重鎮たちでした。彼らは「投資した利益は出ているか」「将来の戦略に隙はないか」といった鋭い視点で経営を監視していました。このような健全な緊張感こそが、企業を成長させるエンジンとなっていた事実は、現代の私たちに重い課題を突きつけています。
翻って、現代の状況はどうでしょうか。制度としての形を整えるために、社長の知人や友人に就任を依頼したり、人材派遣会社が用意したリストから機械的に選んだりといったケースが散見されます。これでは、経営陣を厳しく律する役割は期待できません。本来、社外取締役とは「経営の執行を監督する」役職であり、トップにとって耳の痛い意見を述べることこそが、その存在意義であるはずです。形式ばかりが先行し、実効性が伴わない現状に危惧を抱かざるを得ません。
SNSなどのネット上でも、こうした現状に対して厳しい意見が飛び交っています。「名ばかりの社外取締役は給料泥棒と同じではないか」という辛辣な声や、「経営者に物申せない人が座っていても意味がない」といったガバナンスの形骸化を嘆く反応が目立ちます。投資家の間でも、単に社外取締役が何人いるかという数字の比較ではなく、その人物がどのような経歴を持ち、どれほど経営に貢献できる資質があるのかを厳格に見極めるべきだという議論が加速しています。
投資家が問うべき「取締役の質」という評価軸
私は、社外取締役が「怖い存在」であることこそが、企業の真の実力を引き出す鍵になると確信しています。副業感覚で名誉職に就くような人材は、もはや日本経済に必要ありません。経営を監督する側に、確固たる専門知識と「企業を良くしたい」という強いインセンティブ、そして何より経営者と対等に渡り合える気概があるかどうかが重要です。投資家は、その企業の社外取締役が、本当にトップに緊張感を与えているかを注視すべきでしょう。
これからの時代、企業価値を左右するのは、立派な経営理念だけでなく「誰に監視されているか」という視点です。資本市場からのプレッシャーが正しく機能し、実力ある社外取締役が選ばれる仕組みが整わなければ、真のガバナンス改革は達成されません。投資家の厳しい目が、取締役会の質を向上させ、ひいては日本企業全体の競争力を高めることにつながります。次は、社外取締役自身の「真価」が、市場という公の場で厳しく問われる番なのです。
コメント