2019年9月14日現在、文壇では批評家・江藤淳氏の没後20年という節目を迎え、文学展や評伝の出版、シンポジウムといった多彩な企画が目白押しとなっています。昭和の言論界に多大な影響を与えた彼の足跡を振り返る際、避けて通れないのがロックフェラー財団の招聘による米国留学という経験です。江藤氏は自著の中で、自身や安岡章太郎氏、有吉佐和子氏ら当時の作家たちが、なぜこの時期に一斉に海を渡ったのかという問いを、後世への宿題として残しています。
江藤氏は留学生活を通じて、戦後日本の占領期に密かに行われていた検閲制度の実態を「発見」しました。この経験が彼の保守的な思想の柱となったことは有名ですが、一方で興味深い事実も浮かび上がります。それは、同じ財団の支援で渡米した有吉佐和子氏の存在です。江藤氏は彼女の重要性を認めながらも、なぜか自身の批評分析の対象からは外していました。同じ米国という地を踏みながら、二人が持ち帰った「発見」の内容は、驚くほど対照的な色を帯びていたのです。
差別の連鎖を断ち切る「自称」の力。有吉佐和子が描いた境界線の越え方
有吉氏が米国の地で見出したのは、根深い人種差別や、プエルトリコなどの「ポストコロニアル(植民地支配から脱した後の不条理な社会構造)」、そして萌芽しつつあったフェミニズムの視点でした。彼女の名作『非色』では、黒人兵と結婚して渡米した日本人女性が主人公として描かれています。彼女は現地の厳しい差別に直面しながらも、「私はニグロだ!」という衝撃的な言葉を口にします。これは単なる同化ではなく、魂の叫びともいえる力強い宣言として響くでしょう。
SNS上でも、この『非色』が描くアイデンティティの在り方について、「現代のヘイト問題に通じる」「日本人の差別意識を鋭く突いている」といった共感の声が静かに広がっています。主人公は「私はニグロではない」と否定することで生じる無意識の優越感をあえて捨て去りました。自ら蔑称を引き受けることで、言葉にこびりついた差別的な呪縛を解体しようとしたのです。特定の国家や人種に縛られない、真の意味での「個」としての生き様がそこには確かに存在しています。
2019年9月14日という現在、私は江藤淳氏が残した宿題をあらためて噛み締めています。江藤氏のような保守的な「発見」も歴史的意義がありますが、有吉佐和子氏が提示した「蔑称を飲み込み、解体する」言葉の可能性は、現代社会にこそ必要ではないでしょうか。分断やヘイトスピーチが渦巻く今、彼女の文学は言葉の持つ真の力を私たちに問いかけてきます。対照的な二人の「米国留学」がもたらした果実は、今もなお私たちの前で色褪せることなく輝き続けているといえるでしょう。
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